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英語がつなぐ世界のキャンパス+東南アジア若手ムスリム知識人交流+下流志向


今日は「英語がつなぐ世界のキャンパス」という高等教育に関するシンポジウムが早稲田であった。シンポジウム中、質問を2つして、初めは英語、途中から日本語に切り替えたら、通訳がうまく訳せなかったらしく、質問の意図がうまく伝わっていなかった。やっぱり人の通訳する英語では伝えたいことは伝わらないなあと思った。終わった後直接パネリストと長々とディスカッションしたら「英語できるのに、なんで英語でしなかったんだ」だって。
「だから」、日本語でしたんだよ!

そしてシンポが終わった後、国際教養の先生が話しかけて来て、私の質問を気に入った、ちゃんと答えてもらえなくて残念だ、ということを言っていた。ヘゲモニーに興味がある人って、なんか相手も興味があるとわかると、妙な連帯意識のようなものが生まれる気がする。そしてこちらのヘゲモニーに関する質問を軽やかに飛び越える人に対する、いら立ちに似たものを共有する。


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木曜日の夜は、『東南アジア若手ムスリム知識人』招聘のレセプションで、服部先生と新宿ワシントンホテルへ。JENESYSのときから何度かお世話になっている国際交流基金主催。招待者に対して、実際の出席者が見込みよりだいぶ少なかったらしく、日本人の「東南アジア」「ムスリム」二対する関心の薄さが嘆かれていた。

私は何故か乾杯のスピーチと乾杯の音頭までやらされ、いい経験だったけれど、久しぶりにドキドキした。

金曜はその「知識人」メンバーと明治神宮、原宿へ。そのあと大学に行って、帰りにリトルランボーズという最高の映画を見て来た。そのうちレビューアップします。

下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち

特に同感したのは、転職に関する部分。自分の失敗の責任をうかつに他人に押し付けて自己正当化しない方がいい、少なくとも「転職」したくなるような仕事を選んだのは自分自身なのだから(p.131)、という点である。

時々、レストランにご飯を食べにいって、まずいと文句をいう人がいるが、それがどこかの山頂の選択肢のない唯一独占商売を行っているレストランの怠慢をなじるのでない限り、数多くある選択肢の中からそのレストランを選んだ自分自身の責任もあるのだから、一方的にサービスの提供先に対する文句を言うのはおかしい、というのが私の考え方である。まずいと思うのはある意味生理現象なのでどうしようもないのだが、それを心の中で思うのと、口に出して自分の意見といて表明するのは全く異なってくる。口に出すのは自分の選んだ責任から逃げているように思える。

同じように、教育の場で考えてみても、学校自体や教師、授業内容に文句があったとして、それが大学のように行く場所を自分で選べるものである限り、自分が選んでおきながら、自分が教育サービスに満足できないからといって、受身のままこれはおかしいと文句をいうよりは、より良い授業、学び方、学校との付き合い方を探すべきだと思うのだ。自分がお金を出しているからといって、その対価で自分が満足が得られるものを得られる「権利」があると思ったら大間違いで、一人によって満足の基準が違う。内田樹は、教育の逆説は、教育から受益する人間は、自分がどのような利益を得ているのかは、教育がある程度進行するか、場合によっては教育課程が終了するまでわからないと言っている。(p.46)

以下、完全に同意ではないが今後考えてみたいテーマとして印象に残った部分(私的要約)
・現代の若者は「鈍感になるという戦略」を無意識に採用していて(p.26)、意味の虫食い状態の世界を特に不快と思わず生きている(p.110)
・自己評価の方が外部評価より高いので、今までの外部評価をリセットし、新しい自分の評価を探しに「自分探しの旅」に出る(p.70 - 73)
・リスク社会とは、リスクがあると認める人だけがリスクを受け、リスク社会ではないかのようにふるまう人にとってはリスクがない社会のことである。(p.84)
・日本の階層化は、ヨーロッパの階層化と違って、社会的上昇の機会があるにも関わらず、子どもたちが自主的にその機会を放棄することによって成り立っている。(p.123)
・現代の若者は、「努力と成果の相関」(つまり経済合理性)が成り立たない労働に、不合理性を見出している。(pp.142-143)
・階層化が一番進んでいるのは、「文化資本」においてである。最近では文化資本が社会階層の記号として機能し始めた。(p.196)
・ニートがニートになったのは、「ある時代に支配的だったイデオロギーの犠牲者」という考え方を納税者が受け入れ、社会が彼らの権利をどう保障していくかが課題。(pp. 206-207)


最後の質疑応答の部分に書かれていた、ルーティーンを守れる生活とか、雨が降ったときに傘をもって駅までお父さんを迎えに行くということがこどもにとって大事(pp.225-228)、と行った、過去回帰の郷愁じみたものには若干違和感を覚えた。おそらく、そういうことから発生する不条理性とか、働く側と待つ側の間にある見えない権力を取り除くことができたのが、今日までの発展の恩恵だと思うからだ。


私は個人的に、一生懸命勉強していい教育をしてくれるいい大学に入って、いい会社に入りなさい、そうすれば成功する、という一昔前の親世代が持っていたイデオロギーのアンチテーゼとして、現在のニートが生まれてきているのだと思っている。そのアンチテーゼが生まれた原因である昔のイデオロギーの失敗を解明しななければ、ニートの存在の根本的な解明と解決にはならないんじゃないか。かつてのイデオロギーに対する反感というのは、私自身も持っていて、おそらくニートではない、いわゆる「なんだかんだいってそれなりの大学にいってそれなりの社会的地位を得ている」、非ニートな私の周りの友達たちも共感するところであるし、そこにあるのは、真正面からぶつかってそれを感じて苦戦しつつどうにか乗り越える人、そんなもの存在しないかのように軽やかに飛び越えて行く人の違いだけなんじゃないかと思っている。

内田樹の研究室(ブログ)で11月10日にエントリーされた「階層化する社会について」では、この本への批判に対する内田先生からのフォローアップコラムがある。

この本自体は、講演のテープをおこしてまとめられた本だけに、論点の繰り返しや話の前後もあって、全体的に話がまとまっているとは言いにくいが、内田樹のすごいところは、講演でさえも、あまりに一文が一つの思想としてまとまっているので、あたかも完璧な理論で完結しているように見えるところだ。だからこそ、「内田先生の言うことはもっともだ」、と読者は思うのだろうし、だから売れて支持されるのだろう。一方で、文章のまとまりとしての防御力も高いので、読みながらの突っ込み方が難しいという部分もある。そういう意味で、ネット上や本で時々行われている彼と他の研究者の対談は、どうしても彼の独断場になる可能性が高く、それだけ彼のパフォーマンスが高いということもできるのだけど、飽きられないようにするのは大変だろうなあと思う。

それにしても内田先生、本書き過ぎだよ。よく頑張るなあ。
それこそ著作バブルになって質が落ちて、どこかのあたまのなかみ研究者や、カエルさんににた女性エッセイスト見たいになってしまうと残念なので、その内田「バブルのバルブ」を締めると宣言した今年八月の日記は非常に印象的だった。

ウチダバブルの崩壊




| | 02:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
大学のグローバル化と複言語主義



京都大学人間環境学研究科で5日、国際研究集会「大学のグローバル化と複言語主義」に関するシンポジウムに参加して来た。
元々日本フランス語教育学会がそのあとの土日に行われ、その後援で行われているということもあって、シンポジウムの言語は基本的にフランス語、日本人、レバノン人、イギリス人、韓国人もフランス語で発表し、同時通訳がついた。反対に日本語のときは、フランス語の同時通訳。


ところで、私は通訳を聞くのがとても苦手である。同時通訳をやる人は、度胸も、内容の正確さもすごいなあと感心することが多いのだけど、通訳の講演はどうしても咀嚼に時間がかかる。そのためには、話される言語を分かるのが一番なのだが、アカデミックな発表を理解できる言語は、日本語、英語、韓国語くらいで、それでも後の2つは自分の専門でなければ100%聞き取るのは難しい。個人が複言語を持つようになっても、言語能力には限界があるから、やはり通訳に頼らざるを得ないのだろう。


通訳、翻訳はとても大事だというのは今回の講演の中でも触れられていた。例えば2人目の後援者であったフランコフォニーの議員連合事務局長/フランス元老院議員のルジャンドルさんが、「文明が交差する際の翻訳の役割」について話していて、例えば文明開化のときのオランダ語で書かれた医学書が日本で翻訳されたことによって日本人が今まで知らなかった新しい学問に触れることができ、日本の学術の振興に貢献した、と。この例は日本で翻訳文化の大事さが話されるときによく使われる例だ。ただ、この例は出されるたびに、ちょっと今の時代には当てはまらないなあと感じるのは、

1、明治から今まで、学術は時代を追うごとにどんどん進化し複雑化していっていると思うので、簡単に多言語に置き換えられないような概念や思想が出て来てる。
2、翻訳の対象が応用科学ではなく、それぞれの文化的背景が付着した人文学や社会科学であるときに、人々が言葉に求めるレベルは格段にあがり、正確さ以上の何かを求めると思う。


そこで出てくるのが、日本にもよくある少数精鋭多言語専門家養成を目指そうという議論で、それは日本にいる人々全員の底上げをするのではなく、一部の人間(これをエリートに言い換える人も多い)がことばに対する専門性を持っていればいい、という考え方だ。複数の言語を話せる/読解できる人間は、全員がそうなる必要はない、という人と、グローバリゼーションの時代に、全員がある程度の外国語を話せないでどうする、という考え方の違いは、この翻訳/通訳の役割をどれほど重視しているかにも関わってくる。一部の人間が専門性を持って翻訳/通訳できれば、そのコンテンツの移動が可能だから、高度な複言語というのは全員には必要ないということだ。


そしてコンテンツの移動、という考え方がでてくると、それは本当にコンテンツなのか、言語は単なるツールなのか、というという話になる。翻訳/通訳されて得たものと、自分がその言語と文脈を理解して得たコンテンツでは中身/深度/濃度が違う、といったものである。特に文学ではこれは当てはまるだろうし、社会科学でもそうだろう。そして言語と文化、その言語が使われてい社会の背景/考え方が結びついているからこそ、言語を学ぶことは思考学習だ、それが過剰になれば精神の奴隷化だ、という論理も出てくる。翻訳/通訳文化の限界と、言語学習=思考学習→精神の奴隷化はおそらくどっちも真実で、だからこそ言語政策って答えがないんだろうなあと思う。


今回のシンポジウムの最後に、「英語覇権主義に対抗し、複言語主義を掲げる英語以外の外国語教師/研究者は、自分の利権を守りたいだけだ!」といって会場の笑いを誘った人の指摘は、少なからず合っていると思う。英語覇権への対抗軸として複言語主義や文化相対主義を掲げるフランスがやっているのはフランス言語/文化の拡張で、ここにも帝国主義的な匂いを感じずにはいられないし。私が今回期待してた二人の韓国人フランス語教師のお二方は、二人とも「グローバリゼーションとエングリッシュゼーションは明確に分けるべきで、英語だけではなくほかの外国語も学ぶべきだ」みたいな結論だったり、ほかの外国語学習を促進するためにICTを活用しよう、みたいな結論に終わっていて、焼け石に水処方じゃないかと思ってしまった。





| | 15:03 | comments(1) | trackbacks(0) |
日中韓アイドルとSNS
最近つとに思うのが、facebookやtwitterをやっていると、
芸能人の芸能活動にもSNSってすごく重要な役割を果たしてるんだなってこと。
私は多くの好きな韓国人/台湾人/香港人俳優および歌手をフォローしたり、ファンページに入ったりしている。
中には個人でアカウントをもっている人もいて、かなりの高い確率で本人(もしくは本人の指示を受けたマネージャーなど、かなり本人に近い人間が)運営している。
韓国の歌手(グループアイドル)の例だと、携帯などで自分や同じグループのメンバーを撮った写真や、巡業先でファンが撮ってネットにアップロードされたもの、自分を撮った海外のマスコミがそれぞれウェブなどに掲載したものを転載していたりする。

それぞれ発信方法は違って、写真を中心にツイートしている人も入れば、
芸能人の知り合い同士で、個人的なツイートをリプライで飛ばし合っているのがメインの人もいる。
同じグループに属していても、当然フォロアー数には何万の差があり、
それはそのメンバー自身の人気と、どんな内容をツイートしているかでフォロアー数が変わってくる。
(メンバーのオフショットはやはり人気が高く、Twitpicをたくさんツイートしている人には多くのフォロアーが集まる。)

例えば私がツイッターでフォローしている韓国のアイドルたち(主にSuper Junior)はメンバーのオフショットもたくさんアップしていて、あれだけ多忙でアジア中を飛び回っているにもかかわらず、その更新はほぼ毎日。
フォロアーは10万から30万人、写真はそれぞれツイートするごとに2万−7万人がみていて、写真の下のコメント欄には、アラビア語、タイ語、ベトナム語、中国語、英語、スペイン語、インドネシア語、色んな言語で愛あるメッセージが書かれる。

この間見ていて面白いなあと思ったのは、メンバーの一人がタイに撮影に行った際に、84歳のおばあちゃんファンと一緒に写真を撮って、「僕を愛してくれるおばあちゃん。ずーっと健康でいてね☆」みたいなメッセージとともにツTwitpicで写真をアップしていたもの。それに対して韓国語を理解する人もしない人も、思い思いの言語でコメントをつける。もしくは頑張ってハングルで、おばあちゃんもおっぱも可愛い!みたいなメッセージを書き込んだりしている。

今日はひちょるが中国語でツイートしていたと思ったら、今度はタイ語でもツイートしていた。「今、みんななにしてるの?」みたいな簡単なツイートだったのだけれど、各国のファンにしてみたらすごく嬉しいだろう。ものすごい数の反響がリアルタイムで来ていたようだ。


ジョゼフSナイの定義によれば、「ソフトパワー」とは、強制や報酬ではなく、魅力によって望む結果を得る能力であり、味方につける力である。ソフトパワーは人びとの好みを形作る能力に基づいている。

ソフトパワーの源泉は 3 つ、文化、政治的な価値観、外交政策である文化は文学・美術・高等教育などエリートを対象とする高級文化と、大衆の娯楽になる大衆文化を区別するのが一般的であるという。
アイドルというのは明らかに大衆文化にのほうにカテゴライズされるだろう。
もちろん、大衆文化と呼ばれるものでも、いつもポジティブに迎え入れられるわけではない。それに魅力を感じる集団もいれば、反対に近づいていたことでより強い拒否反応を示す集団も出てくる。韓流に対してとてもネガティブな感情を持つ集団も、韓国人スターやドラマを熱狂的に支持する人たちのオルタナティブとして、その人気の陰にある恣意的なものを批判しようとしたグループだ。

大衆文化が魅力になって、望んだ結果を得るという意味でのソフトパワーを生み出しやすいのは、文化が大きく異なっている状況ではなく、ある程度まで似ている状況のもとである、としているナイのセオリーに従えば、アジア地域を中心にどんどんそのファンを増やしている韓国や台湾、香港のアイドルや映画俳優たちは、こういうSNSを非常にうまく使っているなあと感じる。 

日本はどうだろう。最近では有名人がどんどんツイッターのアカウントを作って発信しているみたいだけれど、私が見ている韓国アイドル達のように写真をいっぱい載せたり、各国のファンに発信したり、というのは見たことがない。

(追記)ツイッターで貰ったコメントによれば、ういんずとかあゆとか、日本ではもうある意味終わったアイドルや歌手(ごめんなさい)は結構ツイッター活動をしている模様。写真とかも載せているけれど、それほど価値あるオフショット!みたいなものは見つけられなかった。

同じくツイッターで、mixiと中国のRenren、韓国のCyworldのプラットフォームの共通化の提携が発表されたというニュースを読んだ。それぞれの国の最大手同士、Facebookの対抗馬になれるのか。というツイートがあって、これは非常に面白い動きだと思った。
私が最近ミmixiを全くやらなくなってしまったのは、結局日本語がわかる人としかつながれないからだ。150人くらいしかマイミクのいなかったミクシに比べて、facebookでは400人ほどのリアル友達とつながっている。移行するのは当然だ。日本人(もしくは日本語をわかる人)以外の友達が増えれば増えるほど、人々のミクシ離れも増えるだろう。

こういったSNSが若い人たちを中心に広がっていることを考えると、ネット社会からの文化交流基盤の形成みたいなのも非現実的ではないなあと思ってきた。



ここから先は、私の勝手なSuper Juniorレビュー。昔、韓国語を覚えていたころには結構熱心に彼らのテレビ番組を見ていたのだけれど、最近は全く活動を追っていない。でも時々思い出したように見て、彼らの魅力ってなんだったんだろう、ということと、日本のアイドル達との違いはなんなんだろう、と考える。

一つ目は、日本コンサートの際に日本語で「三日月」を歌うりょうく。
Super Junior Mで中国に進出したとき、私は彼の声には中国語はあんまりあわないなあと思っていた。
ぎゅひょんなどが中国語(マンダリン)の歌を結構流暢に歌う一方で、りょうくが歌うといつもどこかでひっかかるというか、彼の声の伸びが生かされてない気がした。これを聞いて、彼の声に日本語はいいなと思った。発音もきれい。これは明らかにライブで盗んだ映像な気がするけど載せてみる。



正直歌唱力では、日本の男性アイドルは韓国アイドルに勝てないと思う。
東方神起もしかり、Super Juniorもしかり。(シャイニーは若すぎて今のところカバー外)これは安心してみていられる、Super Juniorの歌がうまい3人K.R.Y(ぎゅひょん、りょうく、いえそん)と+@(しうぉん、うにょく)でのライブ、2006年。この下の2曲はカラオケ行ったらいつも歌う名曲。アラビア語字幕。



同じくK.R.Y+どんへ(東海)。女にも男にも歌い継がれる名曲。ベトナム語字幕。






おとといは昼から夜まで大学にいたのに、RAミーティングや、ユネスコ本の編集手伝いや、ゼミやアカデミックキャンプの話し合いや、研究室ブログの設置、突然研究室に現れた韓国人の友達の深刻な悩み相談までずーっとばたばた動いていて、全く自分の研究関連に手を付けられなかった。

夕方には、マイケル経由でショーンを紹介してもらい、ショーンがたまたま国慶節休暇で日本に来ている北京大学の先生たちの接待をしてて、そこに呼ばれて大手町へ。中国籍のショーンと英国籍の二人の先生を交えて、てんぷらそば(本当に毎日うどんとおそばばっかり食べている)を食べながら、南京や靖国やキリスト教やなんだかもういろいろと討論して、やっと帰宅。暗い帰り道、スカイプで国慶節で故郷に帰ってのんびりしているやんふぁんと話しながら、まったく、いかんせん、もうちょっといろいろうまく切り抜け、やりこなすことにうまくならなくちゃ、と思う。

昨日は一つちょっとしたインシデントがあったのだけど、研究室に戻って自分の席に座って自分を取り戻そうとしているときに、突然あみんが背後にたって、「I just wanna ask... genki?」とか聞くので、たわいもない話をしながらつい泣いてしまい、ティッシュを箱ごと貰った。

今日は金曜日、日本アルゼンチン戦。
私は明日発表予定の論文を読んで、簡単なプレゼン準備中。

| | 21:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
08 - 09 サマーウォーズ


神戸から帰ってきて5日間続いた怒涛のサマーインスティチュートが終了。
世界中から、アジア統合に関連する研究を行っている博士課程の学生を集めてプレゼンとディスカッションを行うという

私の発表は4日目で、毎度のことだけれど、本当に緊張する。
でも今までやってどの英語での発表より、まともにできたと思う。
指導教授の先生が自分のもっているクラスの途中にもかかわらず、学生に自習をさせてみにきてくれて、先生の姿を見た途端、うれしい&感謝とともにプレッシャーも倍増。長い長いQ&Aセッションの時も、まともに顔を見れなかった。

世界各国のヒストリアンやエコノミストの先生たちから辛口コメント&アドバイス&Encouragement。
この間出した論文に関しては、だいぶ自分で落ちたけど、這い上がるきっかけをちょっとつかんだ気がする。9月末の第二締め切りまで、基本的に全部書き直し。今回は全部日本語で書いてから英語で書くことにする。

なんだかいろいろあって、4日目、失敗したわけじゃないのに終わった後研究室戻って、研究室にいつもいるメンバーとお酒飲みに行こう、なんて話していたらこれからの長い道のりと自分のポジションを思って泣けてきて、思わずクリスの前で大泣きし、後で陰でそれに気づいていたらしいいろんな友達から優しくされた。あー。



研究と関連して。
私はやっぱり言葉がすきなんだと思う。
発音フェチなのも、純粋培養の「奇麗な」ものが好きなんじゃなくて、
混ざったものが好きなのだ。広東語母語話者が話すマンダリン。
南米スペイン語圏の人が話す流暢な英語。

大学院で仲のいい子や研究室の仲間は、みんな日本人じゃない。
でもみんなちょっとずつ日本語を話す。
お疲れ様、とかまたあしたね、とかをいう。

この一週間は、本当に非日常だった。
そもそも全然寝ていていない。



そしてこの土日からすっかり夏休みだ!と思ったら、
14日からモンゴルである、北東アジア経済フォーラムの詳細スケジュールが届いて、私の名前がしっかりプレゼンターの中にはいっていた。

夏休みはまだ始らないようだ。
| | 01:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
Stay hungry, stay foolish

幸せでも不幸せすぎても満足感が得られないことについて。

自覚するバカというのはずっと、私のモットーだった。
ちょっとくらいの欲求不満は私を動かすいいドライビングフォースになるけど
明らかに満足していなさすぎる。



ものをちゃんということ、ってすごく大事、だと思っていたんだけど。
前付き合っていた人に、思ったこと、好きな気持ち、全部表現してほしいと思っていることを、
さえちゃんは西洋化されている、と言われたことがあった。
人前ではっきりいったり、行動したり、そういうのを求めている。
推し量ること、目で見て伝わること。
そういうことの大事さももちろんわかっているつもりだけど、
どうしても口に出して、顔に出して、表情に出して、
自分の判断力に自信がないの半分、そう出してくれること、エネルギーを注いでくれるのを期待している半分。



お金をあげるから思う存分勉強しなさい、そして立派な研究者になりなさい、となんとも寛大な待遇を受けているのに、
その状況を楽しめていない。このものすごいプレッシャーに勝手につぶされそうになってる。
いつの間にかアウトプットがすごく下手になって、それが怖くなってくる。
そして明らかに、私はアウトプットをうまくやってそれを認められないと、自分を保てない人種だ。

学会で発表していろんな人に意見をもらったり、自分が気になることをみんなにシェアして意見をもらったり、
自分が言ったことが相手の知的好奇心を刺激したり、何かのきっかけになったり、もしくは踏み台になったり。
新しい発見をしたり、そういうのはとても楽しくて、たとえやる前はすごいプレッシャーでも、
終わった後には必ずやってよかったっていう思いがあって、
それこそまるで100キロハイクのように、次にも必ずアプライしている。



実は、身に余るほどの幸せファクターをいっぱいもっているかもしれないのに。
幸せのバー(とうま、2010)を下げることのできる薬がほしい。
| | 02:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
CIES
シカゴから帰ってきました。


1日目、New Scholars Workshopではまさに脳内洗浄的な経験をしました。担当してくれた先生は、かつて日本であったことのある人で、チームメイトはウクライナと中国とギリシアから来たアメリカの大学の留学生。ただし留学経験がとても長いので、ネイティブ並みの英語を話す。アメリカにいる博士課程の学生はコンペティティブな競争の中で上がってきた人たちだけあって、非常に積極的で社交的な人たちだった。
私はアファーマティブ・アクションかなんかで選ばれたのではないかと思うほどだったが、よくよく議論してみると、頭のレベルの違いではなく、自分の研究の良さをあれこれ理由つけたり、相手のすきに入ったりするのがうまいのだ。残念ながらこれは言い回し力の差である、と思うことも多かった。この中にぽん、と入れられたことはすごく私を刺激た。私結構いいこと言えるじゃん、と思うことも多かったけれど、あとはもう少し英語での議論上手にならないといけないなと思った。内容が良くても、うまい言い方するとしないのでは説得力が全然違うから。


滞在中は、スカイプで随分いろいろな人にお世話になった。インドネシアにいる建ちゃんはじめ、APUで会ってオーストラリアから日本に帰ってきたじゅりあんにもスライドの校正(おもに私の弱い複数形と冠詞のチェック)をしてもらった。
有線、しかもシェアしている4人での共有という不便さはあったものの、部屋にインターネットがあるおかげでずいぶんその恩恵にあずかる。最近は自分のスケジュールもグーグルカレンダーで管理していて、私の生活はインターネットがなければとても不便なものになるだろう。


ちょっと(200ドル)だけど、今回のワークショップに参加したことで奨学金的なものももらった。また今回とその前のオーストラリアは、完全に早稲田から経済的サポートをしてもらった。グローバルCOEプロジェクトである、GIARI(アジア地域統合のための世界的人材育成拠点 http://www.waseda-giari.jp/index_j.html)からのサポートで、何から何まで本当にありがたかったです。
修士課程のときにCIESに行った時は実費で、チャールストン、ニューヨーク、そしてワシントンの世界銀行訪問までいったことを考えると、博士になってからの待遇はびっくりするほど上がって、博士課程学生の支援で、授業料も年間12万だけで済んでいるし、早稲田には本当に感謝。


来年の4月からは日本学術振興会の特別研究員(DC1)に選ばれたので、毎月20万+年間100万くらいの研究費をもらえることになった。これは奨学金というよりも、お給料のようなもので、将来研究者になることを目指している人を若手のうちから支援しようというもの。
学振の研究員になることによって、早稲田から学費のサポート(年間60万円、アジア太平洋研究科の授業料が年間72万なので、自己負担が12万になる)ももらえるし、博士課程の学生としては非常に恵まれた身分であると同時に、「学振にとおった学生」ということで少し違った目で見られるようになる。少なくとも私のように私大で学振に受かってるのであれば、真剣に頑張ってる学生なんだろうな、という評価はされるようだ。


実は海外の博士課程に進まなかったことを、少し後悔している時期もあった。自分のチャレンジ精神の不足から国内を選んだような気がした。でも冷静に考えて、自分の研究テーマをやるのであれば、早稲田が最適だと思った。なぜなら、日本で一番大きくおそらく唯一の東アジア統合に関する研究機関と海外の大学とのネットワーク、若手研究者支援のスキームを持っていること。それから早稲田の持つアジアの大学とのコネクションは半端ないので、これを利用しない手はないと思った。アジア太平洋のインターディシプリンなところもとても気に入ってるし、国際関係学の中の教育っていう位置づけもとても気に入っている。教育学の中の比較教育とか国際教育であれば、私のような研究テーマは受け入れられなかっただろうし、博士論文を指導したり審査する先生もいなかっただろう。


それから、自分が修士の時代に卒業生副総代という成績と、国際学会での発表、あとは省庁の報告書だけれど、一応公的な出版に相当するものを出したことなど、日本で通用するある程度の研究実績を持っていて、それもいいように働いて学振の研究員になれたことはとても大きかった、と考えることにしている。3年間の「研究してお給料がもらえる」身分と研究費。これが決まった瞬間はとてもうれしくて、でもそのあとに、こんなのもらうべきではないという思う時期が続いた。特別研究員になったことで、まるで自由を奪われているようで、拘束されているようだと思ったし、「向こう3年間の身分が保証されている」なんて私らしくないばかりか、私がやるべきではないことに思えたのだ。


でも思えば、お金のことを気にせずに研究をできるわけで、現実的な問題に拘束されずに研究ができる3年間と考えれば、反対に自由をもらっているのかもしれない。思う存分研究をしろ、と。そして同時に日本の特別研究員としての成果や、学会などにいってもそれに値する発表(少なくとも大勢を拘束する20分かそこらの中で、観衆に知的好奇心を与え楽しませること)を求められている。そういうのも悪くないと思う。みんなの前で話すのは嫌いではないし、人に認められるのはもっと嫌いではない。


私の博士論文のコミッティは、おそらく開発教育学、国際政治学・歴史学、国際政治学、の先生になりそうです。あともう一人は、できれば言語社会学に通じている人を選びたいなと思っています。


3月菊にNew Scholarsで発表をして、自分の研究テーマについてチームの万バート1時間くらい討論をした結果、なんだか私が持っていた前提がぽんと覆され、同時にちょっと先がぱっと見えた感じがして、4日の高等教育セッションでのプレゼンテーションでは、来てくれた黒田先生に進歩があった。とほめられた。先生は叱責もしなければ、めったやたらなプレッシャーを与えるタイプでもないけど、自分の学生の出来はしっかりみていて判断する人なので、そういう風に言われたのは非常にうれしかったし、終わった後、廊下にたってずっと話してくれたのもうれしかった。そしてその間、いよんが私のことを待っていてくれて、その前の1、2日間碌にものを食べていなかった私を、「おんにを連れて行って何かたべさせなきゃ」と言っていたのを耳にしたのもうれしかったのだ。


そう、去年女4人でチャールストンのホテルに泊まった時も相当なカオスだったけれど、今回はそれ以上のカオスだった。今回は全員博士課程の学生で、年齢も近く、マイペースだった。私は意外と潔癖なので、ものを整理しないと気が済まないたちなのだけど、みんな本当にめちゃくちゃで、私は誰かのあけっぱなした引き出しを閉めたり、水周りを毎回拭いたりしながら、私って意外と家庭的なんじゃないかと思ったくらいだった。ホテルは一応ヒルトンの冠をつけているものの、ものすごく古くて、ドスンとやると下のじゅうたんから埃が舞い立つ、というひどいホテル。そのくせ値段だけは5星ホテル並みだった。
相変わらず食べ物に困り、この1週間で2キロ痩せた。唯一おなかいっぱいたべたのは、相変わらずタイ料理と韓国料理というありさま。ピザとサンドイッチが好きじゃないと、この国では自炊しないと生きていけないと思いました。こういうアジア料理もそれなりの値段がするので毎日食べられないしね。



成田空港では出迎えの人が来てくれて、出迎えにきてくれたのに何故か成田で置いていかれ、捨て猫みたいな気分になったものの、30分後にフォローアップセッションもあり、非常に充実した旅でした。
博士課程の最初の半年にしては、本当にいろんなことがあった。そのうちまたまとめて書こうと思います。




帰ってからすること。
1、 ANUとCIESの報告書
2、 図書館に本を返しに行く
3、 4月から買う本のリストアップ@アマゾン
4、 ワールドキャッツ&エンドノートで参考文献の整理(これは本当に4月前にやるべき)
5、 確定申告
6、 JICAの退職メール
7、 髪を切る
8、 ブルジョア@原宿に行く
9、 ジム通い



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