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12月の読書&映画たち

saereal booklog
2010年12月
アイテム数:27
重力ピエロ 特別版 [DVD]
森 淳一
読了日:12月02日
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花美男(イケメン)連続ボム事件(初回限定生産盤) [DVD]
エイベックス・マーケティング
読了日:12月06日
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ブエノスアイレス [DVD]
ウォン・カーウァイ
読了日:12月07日
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ベルベット・レイン [DVD]
ウォン・ジンポー
読了日:12月07日
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花男 (3) (Big spirits comics special)
松本 大洋
読了日:12月09日
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花男 (2) (Big spirits comics special)
松本 大洋
読了日:12月09日
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インファナル・アフェア 3部作スペシャルパック【初回生産限定】 [DVD]
アンドリュー・ラウ,アラン・マック
読了日:12月09日
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讃美歌―讃美歌第二編
日本基督教団讃美歌委員会
読了日:12月12日
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椿三十郎 通常盤 [DVD]
エイベックス・エンタテインメント
読了日:12月26日
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ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女 [DVD]
アンドリュー・アダムソン
読了日:12月26日
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イン・ザ・ペニー・アーケード (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
スティーヴン ミルハウザー
読了日:12月26日
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(500)日のサマー [DVD]
マーク・ウェブ
読了日:12月29日
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息もできない [DVD]
ヤン・イクチュン
読了日:12月29日
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パレード (初回限定生産) [DVD]
行定勲
読了日:12月29日
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オーケストラ! スペシャル・エディション(2枚組) [DVD]
ラデュ・ミヘイレアニュ
読了日:12月29日
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インセプション [DVD]
クリストファー・ノーラン
読了日:12月29日
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かいじゅうたちのいるところ [DVD]
スパイク・ジョーンズ
読了日:12月29日
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マイレージ、マイライフ [DVD]
ジェイソン・ライトマン
読了日:12月29日
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「BECK」 通常版 [DVD]
堤幸彦
読了日:12月29日
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ぼくのエリ 200歳の少女 [DVD]
トーマス・アルフレッドソン
読了日:12月29日
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雪沼とその周辺 (新潮文庫)
堀江 敏幸
読了日:12月30日
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サラエボの花 [DVD]
ヤスミラ・ジュバニッチ
読了日:12月31日
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ユーゴスラヴィア現代史 (岩波新書)
柴 宜弘
読了日:12月31日
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| | 09:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
幸せ多元主義
おひとりさまの老後おひとりさまの老後


アマゾンのレビューでは「恵まれた、成功した人の視点」といった批判を多く浴びているこの本だが、私がこの本から得た感想はただ一つ、こういう生き方もあるんだなあ、ということ。「成功」し「恵まれる」ためには、努力しなければならない。そうやって努力を通じて、地位も名声も学力も人間関係も得て来た上野さんだからこそ書けるこの本は、彼女のように生きることを半ばあきらめている人や、努力してもそれが現実に反映されなかった人にとっては、ただの自慢か、雲の上の話のように思えてしまうのだろう。


上野千鶴子が提唱しているのは、あくまでも数多い生き方のうちの一つであって、一人の人間がすべての人(もしくは大多数の人)にとって人生の指針を与えてくれるような本を書いてくれると期待するのは間違いである。そして私がこの本でとても面白いと思ったのは、上野さん自身の生き方・信念だけではなくて、様々な友人の例などを通して、様々な「幸せの形」を提示してくれているように思えたからだ。


私からしてみれば、死ぬときは家で死ぬのがいいに決まっている、とか、年をとって一人でいるのは寂しい、といった世間でまことしやかに信じられている信念があって、もちろんそれは真実であるときもあるけれど、常に真実であるとは限らない、ということだ。それが難しい介護問題や孤独死などが報道されることで、ひたすらひとりでいることを恐れる=不幸である、と考えてしまう思考ができていないかどうか、自問する必要がある。


お前は学歴ばっかつけて首都圏の中産階級で甘やかされて育った一人っ子じゃないか、だからこの本にも共感を覚えるんだ、という批判は甘んじて受け止めるとして、それでもこの本が書かれているのは、こういう未来もあるよ、という一つのモデルの提示で、そういう意味で私は関心しながら読んだ。同感する部分もあってたし(葬式は残された人のもの、とか、一人暮らしにはワンルームが丁度いい、など)し、自分には興味がないと想う部分もあった。
 
経済力も、仕事や技能をつけることから遠くはなれて暮らして来た女性にとっては強者の論理と取られてもしかたのない部分はあるだろう。それでも行き過ぎた批判は自分ができなかったことや随分前にあきらめてしまったことに対する劣等感に基づいたやっかみに聞こえてしまう。幸せの形なんてたくさんあるんだから、この本に出てくるような生き方が違う、と想えば、それを自分で探せばいいのだ。本には生き方の正解なんて書いてない。どんな本にも。


ささやかだけど、私も将来の目標がひとつ増えた。
私も自分の本をだして、その中に、「わたしはプッツン来た。」って書きたい。

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秋にちなんで、日台の名曲を。

Jay Chou 『楓』


スピッツ 『楓』


| | 13:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
OPEN EDUCATION

光合成なう


ウェブで学ぶ ――オープンエデュケーションと知の革命 (ちくま新書)
ウェブで学ぶ ――オープンエデュケーションと知の革命 (ちくま新書)

オープンエデュケーションに関して、現在までの包括的な流れや活動のアイデア、今後の可能性などに対する知識を得ることができたという点で、非常によくまとまっていて、読む価値のある本。

ウェスタンガバナーズユニバーシティや、ユニバーシティオブザピープル、MITのオープンコースウェアの理念や活動詳細、アメリカの大学が学生や研究者を「閉じ込める」傾向にあること、ネットが生み出した、国境など人びとの持つ属性を超えてつながる「志向性の共同体」、専門的な知識を生かしてボランティア活動をするプロボノ活動など、この本を読んで初めて知る知識や視点も多かった。


2人の著者はオープンエデュケーションを、「自然過程にゆだねるとローカルになる」というウェブ進化において、グローバル志向を貫く特別なもの、として位置付けている。そしてオープンエデュケーションは「Education for the rest of us」として存在し、グローバル社会に適応していくための必要不可欠な道程としての教育からこぼれおちてしまう人たちに対し、「平等な」教育を提供することを可能にする、という考え方、使命感に基づいているとしている。


オープンエデュケーションの在り方そのものには非常に感銘を受けるし、コンテンツをほぼ無料で提供し、ナレッジやテクノロジーにわずかなサービス料を求めるという仕組みは、今まで公教育へのアクセスが難しかった様々な人びとに対して教育の機会を広げるという点で素晴らしいと思う。またインターネットの普及が次の10億人に達するまで、それほどの月日は必要としないだろう。こういったテクノロジーの発達に対しては楽観的で構わないが、やはりこの本で残念だったのは、日本人でありながら、視点がやはりアメリカのシリコンバレー発であり、その立ち位置に対する批判に対する考察まで考察と記述が及んでいないことだ。


たとえば、オープンエデュケーションを押し付けがましいとか鬱陶しいという反対意見があること自体には触れられているのだが、それは生き方やものの見方の違いではないか、と個人の問題に収斂してしまっている。さらに、アメリカは多人種・多民族・多言語・多文化の国であり、テクノロジーが進化すれば、世界全体が「アメリカ的」になるのは不可避な流れである、とまで言い切っているのには同意しがたい。


今行われているオープンエデュケーションは、そのほとんどが自分たちの高等教育の「質」に多大な自信をもつアメリカの大学発である。その「我々のよい教育を世界に広めたい」という使命感や、ノブリスオブリージュ的なものに対する指摘はされているのだが、その使命感をただ肯定的に捉えているだけでは、教育がもたらす個人へのインパクトや社会的影響に対し、教育を発信する側としての責任が薄いと言わざるを得ない。アメリカ発の教育(オープンエデュケーション)が実際に母語ではない言葉で学ぼうとするわれわれにどのような影響を与えるのか。この本では教育媒介言語の問題には日本におけるオープンエデュケーションの萌芽の章で軽く触れられている(初めから英語で学べばいいなどと書かれている)だけで詳しく触れられていないが、これらの及ぼす効果に対しては、今後様々な視点から批判的に考察されるべきだと思う。


腑に落ちない部分もいくつかあったが、これをもとに様々な議論が起きるといい。



自分に満足しているときは停滞してるとき。自分に余裕があると勘違いしているとき。
そして究極の自己肯定がはいる。手に負えない。周りが何をいっても効果はない。無敵だ。
満足していないときこそ、自分がのびるとき。変革するとき。
でもあたしはそんな人間にはならない。不安定でいるのはつらいけど、勝った気になっているよりずっとましだ。



明日はナビスコ杯。
サッカーコーチをしているAminがコネで手に入れたSS指定席。
そのあと東中野できよたくんとキャタピラー。予告を見ただけで2時間へこんだので、精神的にダメージを受けること必至。
そのために塩まめ大福を3つ買った。
| | 01:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
10月の読書と映画、音楽

saereal booklog
2010年10月
アイテム数:30
日本の東アジア構想 (現代東アジアと日本)
慶應義塾大学出版会
登録日:10月05日
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高度情報社会の大学―マスからユニバーサルへ
マーチン トロウ
登録日:10月05日
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いま、なぜ民族か (UP選書)
蓮實 重彦,山内 昌之
登録日:10月05日
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東アジア・イデオロギーを超えて
古田 博司
登録日:10月05日
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クルーグマン教授の経済入門 (ちくま学芸文庫)
ポール クルーグマン
登録日:10月05日

サードカルチャーキッズ 多文化の間で生きる子どもたち (クロスカルチャーライブラリー)
デビッド・C.ポロック,ルース=ヴァン・リーケン
登録日:10月05日

ソフト・パワー 21世紀国際政治を制する見えざる力
ジョセフ・S・ナイ
登録日:10月06日
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超民族語 (文庫クセジュ)
ルイ・ジャン カルヴェ,田中 克彦
登録日:10月07日
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言語戦争と言語政策
ルイ=ジャン カルヴェ
登録日:10月10日
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ことばの経済学
フロリアン クルマス
登録日:10月23日
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社会言語学 (文庫クセジュ)
ルイ=ジャン カルヴェ
登録日:10月23日
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英語はアジアを結ぶ
本名 信行
登録日:10月28日
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EUのガヴァナンスと政策形成
慶應義塾大学出版会
登録日:10月28日
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福沢諭吉の哲学―他六篇 (岩波文庫)
丸山 真男,松沢 弘陽,丸山 眞男
登録日:10月28日
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まずはこれだけマレーシア語 (CD book)
新井 卓治
登録日:10月29日
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シルク [DVD]
スー・チャオピン
登録日:10月30日
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スワロウテイル [DVD]
岩井俊二
登録日:10月30日
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キル・ビル Vol.1 [DVD]
クエンティン・タランティーノ
登録日:10月30日
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不夜城 [DVD]
リー・チーガイ
登録日:10月30日
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| | 21:42 | comments(2) | trackbacks(0) |
Happy beginning, so happy ending
R0013299

北京であったことで書きたいことはたぶんいっぱいある。たくさんの初めての人に会って、何人かの友人とりユニオンして、でも帰ってきて4日くらいたって、思い出すのはものすごく寒くていつも震えていたこと、そして韓国にいるときやタイにいるときとや台湾にいるときとは違った居心地の悪さや疎外感を感じていたことだ。言葉が満足に話せないっていうのも一因だし、上記の3カ国に比べて渡航回数が少ない(北京は今回が二回目)ということもあるだろう。

迎えに来てくれたやんふぁんが高速に乗っている途中で、かかっている音楽を何度も何度もかえて、それはMP3でインターネットからおとした音楽たちで、なんの脈絡もなくUSBに入れられ、車につなげられていた。私はそのあまりの脈絡のなさと、ところどころで挟まるやけにグラビーなだけの音楽たちと、途中でころころ変わってしまうのがとてもいやで、なんだか少しイライラしたようなそぶりを見せていたと思う。

帰るころには、私が好きだと言ったいくつかの曲を繰り返し流すようになった。

頭の中を、その北京で聴いていた音楽が繰り返し流れて止まらない。この曲を一通り処理しないと(歌詞を見て、覚えて、歌って、歌が流れていたときに現実世界で起こっていたことを咀嚼して)前に進めないような気すらしてくる。誰か港台中の音楽に詳しい人、私が歌うから、誰の歌で、なんて曲か当ててほしい。(もう一度聴きたい音楽があるのに、名をしらない。)



帰ってきて、インタビューをおこして、論文を整理して、たくさんのありがとうメールを書いて、そして「現実に戻る」っていうことを考えていた。私がこの一週間でひどく実感したのは、自分の「現実的になる」の思考とタイミングが、周りの多くの人間と違うことだった。

私が持ってる問いは答えのでないものばかりだ。
例えば、恋愛より友情のほうがうまくいくことってなんだろう、とか。私はマイフレンドフォーエバー信者だ。自分の友達たちに対しては、すごくその愛し方に関して、分をわきまえていると思う。例えばおとといは上田の誕生日だった。私の上田への愛は、直接おめでとうメールを送ることじゃなくて、twitterやmixiのつぶやきで「今日は上田の誕生日」と公言することでそれを見ている後輩たちが「そういえばちんさん最近会ってないな」って何人かメールしたらあいつは喜ぶんじゃないかと想像するくらいの、分をわきまえた(たぶん)愛だ。友達っていいのは、そこにあるのは引き際のわかる愛だから。期待しないし、自分の存在を売らない愛。

フィリピン人のお母さんをもつ小学生の女の子が自殺して、ツイッタ―でもいろんな意見が飛び交っている。
昨日夜、早稲田のしのぶでモンゴルの悠くんと飲んで、悪人についても話していたこともあって、それぞれの人が社会の中でになっている役割と、それを本人がどう捉えているかについて考える。
私たちは何も知らずに、なんでああしなかったのか、といろいろというけれど、
私たちが無邪気に信じているようなレジスタンスは、彼らにはないんだ。ないのはできないんじゃなくて、それだけそれを受け止めちゃうから。責めているわけじゃなく、ある意味やさしさなのかもしれないとも思う。



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清華大学の男子寮で頻繁にみたこの配置。
ノートブックにキーボード。聞けば、このほうが打ちやすいから、とのこと。



正直、ハッピービギニングはわかるけど、ハッピーエンディングってなんのことか、よくわからない。


東アジア共同体形成に向けた研究の一環として、東アジアおけるアジア主義、中華思想とは何なのかを学ぶために読んだ本。

東アジア諸国は、「主権概念が強く自己完結性が極めて高い」ことが特徴で、「一国家を独占する一民族が自己の文化的優越性(これを「中華」という)を主張し、周囲の少数民族や諸国家を蔑む」という。

また古田さんのいう「内発的発展型中華思想」(西洋の衝撃に対し、もともと自国に内在するものを再発展させればよいという中華思想)は、中国だけでなく韓国にも存在し、戦前期の日本にも存在した。それらは現在の中国、韓国においてナショナリズムを鼓舞し、知識人や民衆の矜持を支えているが、日本では戦前期でその歴史を終えているというのが古田さんの解釈である。

面白かったのは、彼の作ったアジア主義の見取り図である。(図が作られていればもっとわかりやすかったのだが、本の中には説明だけが書かれている。)
アジア主義やアジア連帯運動の思想家には三つの軸があり、その軸はそれぞれ、「アジア連帯」と「欧化」と「優越(日本中華)」の3つの方向に向けられていて、それぞれの思想家・運動家はその3つの軸上に配置できるというモデル。

そしてそれと関連して、現在の東アジア研究にかかわる人間のマッピングがあとがきに書かれている。
いわく、古田さんが大学で指導している現代の研究者の卵は3つのグループに分かれ、
1、東アジアに対する「贖罪」から入ったいわゆる「連帯」派学生
2、「優越」からはいった愛国的学生
3、中国オタクおよび韓国オタク
の3つのタイプによって成り立っているというものだ。

このカテゴライズは非常に興味深く、これからの東アジア研究を支える人間のアジア主義とは一体なんなのか、そして自分の立ち位置がどこかのかを改めて再考する機会になった。


| | 15:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
9月の読書&映画鑑賞
saereal booklog
2010年09月
アイテム数:26
「漢字廃止」で韓国に何が起きたか
呉 善花
登録日:09月11日
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Let the Right One in
John Ajvide Lindqvist
登録日:09月12日
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ハーバーマス (1冊でわかる)
ジェームズ・ゴードン・フィンリースン
登録日:09月16日
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地球語としての英語
デイヴィッド・クリスタル
登録日:09月16日
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英語の未来
デイヴィッド・グラッドル
登録日:09月16日
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英語帝国主義に抗する理念
大石 俊一
登録日:09月16日
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質的研究入門―「人間の科学」のための方法論
ウヴェ フリック
登録日:09月16日
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だいじょうぶ3組
乙武 洋匡
登録日:09月20日
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言語帝国主義―英語と世界制覇の夢と現実
トール・サンダルソラ
登録日:09月22日
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言語戦争と言語政策
ルイ=ジャン カルヴェ
登録日:09月22日
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高学歴社会の大学―エリートからマスへ
マーチン・トロウ
登録日:09月22日
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読んだ本はどこへいったか
鶴見 俊輔
登録日:09月27日

マリアビートル
伊坂 幸太郎
登録日:09月27日
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言語帝国主義とは何か
三浦 信孝,糟谷 啓介
登録日:09月27日
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モテキDVD-BOX (5枚組)
大根仁
登録日:09月30日
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十三人の刺客 [DVD]
工藤栄一
登録日:09月30日
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南極料理人 [DVD]
沖田修一
登録日:09月30日
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さよならみどりちゃん [DVD]
古厩智之
登録日:09月30日
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なくもんか 通常版 [DVD]
水田伸生
登録日:09月30日
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| | 19:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
「不平等社会」と青いこと。
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不平等社会日本―さよなら総中流 (中公新書)不平等社会日本―さよなら総中流 (中公新書)

amazonでも長らく売り切れだったこの書、とても期待して読み始めたが、第1章から第3章までのグラフとその解説は、どこまでが分析手法やデータの説明で、どこからがその分析とポイントなのか、という点が入り乱れていて、一つ一つは非常に丁寧に書かれているにも関わらず、少し読みにくいように感じた。

また、例えば「W雇上を開く」といった表現を随所でしていて、勿論始めに解説がされているのだが、どうも最後までしっくりこの意味を分からなかった。もう少しこういった分析手法を勉強していないものにもわかりやすい表現で書いてくれると、より新書としての取っ付きやすさが高まるのではないかと思った。

同時に、後半第4章以降の筆者の分析中心の章は非常に興味深かった。
著者の指摘の中で面白いと思った部分を私なりにまとめると、

80年代前半までの戦後の階層社会は、それなりに「努力すればなんとかなる」社会になっており、「上」にいける可能性を信じることができた、という点において、大多数の人間が中流になり得た「可能性としての中流」社会であった。(pp.86-87)

現在は父が管理職であれば自分も管理職になるものだ、と言う風に考えられているがゆえに(私の註:社会資本の再生産システム的なものが存在しており)、選抜システムの中で残ったという事実だけが残り、現在の地位を自分で「選び取った」という実感も責任も伴わない。

エリートたちは、曖昧な形で選抜試験を勝ち抜き、「実績」を作る。実際はすでにもっている社会資本(例:ホワイトカラーの父親がいる)によって優位を得ているにも関わらず、競争に勝ち残ったという事実だけが残るため、他人の目からみたら正当な権利のように映る。

ペーパー試験を中心とした高度に平等で一元化された選抜システムを勝ち抜いて来たエリートたちには、自らが恩恵を受けいてる学歴社会や偏差値偏重教育選抜そのものを否定することによって、選抜システムの「空虚さ」を言明し、そのシステムの中の敗者の意欲をそがないようにするのがお約束になっている。
(以上pp.107-118)

そして著者は、ここでエリートがエリートである責任を逃れていること、そしてエリートが作っている「実績」の既得権化を指摘する。

自分がエリートであることの責任感、エリートであるからこそ社会に還元/貢献すべき役割があることを、日本人は実感していないのではないか。
ノブリスオブリージュは元々西洋で生まれた概念だが、日本だけではなく、アジアにおいてこの観念はどのように解釈され、エリートのはたす役割は一体なんなのか。ということを考えさせられる本だった。



前にYLPのやんふぁん@清華大学がいっていたことでとても面白かったのは、
中国の場合、地方出身者でも、清華大学や北京大学に行くようなエリートは、考え方が同質化するんじゃないかということ。
曰く、きちんとした教育を受けている人は、それぞれの地方でも上位階層から来ていて、
同じく教育水準の高い両親や親族に囲まれ、受験戦争を勝ち抜き、同じような学生生活を送って来た。
一方で上位階層に属していることとから外国の思想や文化にも積極的に触れる機会があり、
情報リテラシーも養われているので、それほど強い政治的主張や、偏狭な考え方を持っていない。
(すべて彼の言ったことを英語から日本語訳。)

エリートは同質化する?
自分の研究ともちょっと絡んで、今考えていること。



 
すぐ会える人がいい。
会ってもすり減らない人がいい。
それで、私も会ってもすり減らない女になりたい。


この間12時間耐久デートのときに、おかの話をしていて、ほぼ毎日電話してる、実家に泊まり合ったりしてる、同じ部屋で寝てても何も起こりえない、というここ10年くらい続いている二人の関係。それはきっと世間一般的に言えば、男女間の真の友情はあり得るか?ということなんだろうけれど、愛はあるけど恋はない。どこにいっても飛んでいくけど、そこに下心とかどきどきとか、ましてやトキメキなんて存在しない。そういう関係は本当に持続性のあるものなのか?ということについて考えていた。


いてもいなくてもいい、で、世界のどこにいても(同じ都市にいることは本当に稀)一方で急に何週間か連絡が途切れても、生きていると分かっている限り心配しないし、寂しさもないし、連絡がきてもこなくても気にしない。なのになぜか毎日のように電話してる。
おかとの関係を考えると、所有感がないのが究極の愛なのか?とも思う。
好きな人だったら、嫉妬したり、熱移動ができないと怒ったり、疎外感を感じたり、寂しかったりするけど、恋というものがないと、これほど人に寛容になれるのだ。


はじめなければ終わることもない。
期待しなければ傷つくこともない。
自分を守るためのテーゼ。





仕事そのものが生き方みたいなことを選んだんだから
もっと楽しんで、めいっぱいやろう。


(メモ)
今観たい映画
「ペルシャ猫を誰も知らない」 http://persian-neko.com/
10/2よりレイトショー@吉祥寺バウズシアター http://www.baustheater.com/



アマゾンの自分のストアを作った。
SAEREAL'S STORE






| | 02:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
BECK + だいじょうぶ3組


3連休の最後の夜、地元シネコン、観客が10人くらいしかいないBECKを観に行く。
大好きな堤監督、日本映画ファンとして、今をときめく次世代若手俳優の共演ときたらみない訳にはいかない。

実際、想像以上に若手男性俳優の演技が良くて、彼らを含めて日本の映画界には若手のうまい役者さんがたくさんいるなあと思った。層が厚くて、日本映画界は当分安泰だ。ちょい役で出てくる俳優さんたちの濃さ(もたいまさこ、竹中直人)や、エキストラ的にでてくる品川祐、有吉弘行、蝶野さんなど、ちょっとしたところでおお!と思わせられた。

監督の堤幸彦節は健在で、最後まで小さいところに小ネタを効かせてくれる。(それこそ食べてるカップヌードルのふたや、エンドロールの「オウムの声(水嶋ヒロ)」まで。)それぞれの役者さんのいいところをちゃんと見抜いて、テンポよく笑わせて飽きさせない演出はさすが。

佐藤健(コユキ)。龍馬伝の岡田以蔵で見せるあの純粋さは、多分かれ本来のものなんだろうな。あんなに線が細い(ちょっと痩せ過ぎなんじゃないかと思う)のに、印象深い顔。左右非対称の目の表情がいい。彼がボーカリストというのは観る前はそのカリスマ性を表現できるのかと思ったけれど、観て納得。

水嶋ヒロのインターナショナルスクール英語の発音もぐっときた。彼はメイちゃんの執事の王子的な役やまじめでちょっとドジなサラリーマン風の役よりも、ああいう気が強くて、ちょっと世間から外れた感じの役をやるとすごく映える。どんなにやくざな感じの役をやっても崩れないのは、育ちが良くて実はまじめなのに、どきっとするほど端正で鋭い顔を持っているから。

向井理の上半身裸ベースも、当然女子ならどきどきせずにはいられない。彼が一番はまり役だと思ったのは、「あたしんちの男子」のときの、禁欲的で不器用でちょっと素直じゃない役。今回も少し似てる。台詞は少ないけど、ベースプレイで魅了された。

中村蒼もあんなにちゃんと演技しているのは初めて見たけれど、いい顔しているなあ。時代劇とかに向いていそうな気がする。桐谷くんも、最近桐谷フィーバーで色んな映画にでてるけれど、どこにでても、どんなにちょいやくでも、ちゃんとした存在感を放っているのはさすが。今回みたいに大きな役で出てるときの桐谷君もすきだけど、ちいさな役のときも大好きです。

今月末から観たい時代劇がいろいろ始まるので楽しみです。映画の予告編を観てみたいと思ったのはTSUNAMI(韓国映画)、君に届け(あの漫画の映画化だったら駄作っぽくてもみてみたい)13人の刺客(すごいキャスト)、最後の忠臣蔵(原作が好き。本物の忠臣蔵よりも人間味に溢れている)。とにかくBECKは、期待していたよりも断然おもしろかった。日本の若手俳優さんは色んな年代で個性がある人がいっぱいいるなあと思った。



だいじょうぶ3組

本人のインタビュー曰く、ほとんどが実話に基づいているものらしく、読みながら頭の中では赤尾先生を乙武さんに置き換えて読んでいた。
赤尾先生が伝えようとしているフィロゾフィーは、おそらく以下のようなことだろう。


一番目指してがんばる。最初からあきらめないで、一生懸命努力する。
努力の末、結果の差異がでるのは仕方がない。
人にはほかの人よりできることもあれば、圧倒的にできないこともある。
でもそれも個性だから。がんばったのなら、そのままで大丈夫。


登場人物の子どもたちの個性がとても生き生きと書かれていて、本当にこのモデルになった生徒たちを大事にしていたんだなあというのが伝わってくる。
赤尾先生は、「世界にひとつだけの花」が歌っているような、純粋な自己肯定=そのままで君はオンリーワン、というテーゼには徹底的に反抗し、みんな同じようにゴールを目指そう、といった横並び主義、一般的に正しいと信じられている学校のルールひとつひとつに疑問を投げかけていく。
もちろん彼は常にアンチテーゼの変革者だったわけではなく、彼の未経験や未熟さが招いた様々な事件も起こるし、彼はそこで悩み、周りの人に助けられていて、一貫したヒーローでは当然、ない。


でもそうやって自分も試行錯誤していく姿を子供たちに見せることで、先生は従うべき、見習うべきモデルではなく、彼がその教えを自ら体現する人であり続ける。彼の行動を通じて、がんばること、それが認められること、時には失敗したり挫折したりすることがどういうことなのかが表現され、子どもたち自身をできることもできないことも両方ともに、果敢に立ち向かわせていく。


そしてその「結果の差異」を明らかに体現しているのが赤尾先生で、彼ははじめから「僕にはできないことがたくさんある、だから手伝ってほしい」、と明言する。がんばってもできないこと(例えば爪がないからどうしても牛乳瓶のふたが開けられない)、それは彼の個性で、そこでは人の助けを必要とするし、そのできないことを支えるのは周りの人間だ。人はそうしてそれぞれの個性や強さや弱さを認め合いながら、助け合って生きていく。それがクラスであり、人間の共同体であり、社会であるということを、この小さなクラス運営を通じて子どもたちは学んできたように思える。


赤尾先生はできないこと、を体現する一方で、やればできることも体現する。子供たちに負けじと一緒にサッカーに混じり、本気になって戦ったりもする。感動的なのはそこで子どもたちが、「先生は僕たちより早く走れないから、先生がゴールを入れたら2点」というシステムを作るところだ。
これは非常にさらっと簡単に書かれているのだけれど、アファーマティブアクションのようなものを、3組のメンバーが自然に作り出し、それを当たり前のように実行できるのは、すごい。


ツイッターやブログなどを読んでいると、乙武さんの強さや弱さをさらけだすことを恐れない勇気や、それでいての負けず嫌いな感じがでてるところのやんちゃさや、かっこよさなんかが沁み出てくるので、人々はついファンになってしまうと思うけれど、この本もまさにそういう彼のその魅力的なワールドを凝縮したような小説。最初の小説とは思えないほど完成度が高い。描写などもとても自然で堅さがなく、無駄がないので中身は濃いのにさらっと読めて、ぎゅんと沁みてくる。

後に新聞や雑誌のインタビューなどで乙武さん本人が語っているように、ここに書いてある出来事は現実のモデルがある一方で、決して現実自体がこの小説通りの結果をもたらしている訳ではない。そしてだからこそ、この本が小説である価値があると思う。金八先生があれほど人気を博したもの、あんなこと実際には起こる訳ないと思いながらも、彼らが提示した学校やクラスのあり方、地域社会とのつながりみたいなものが人々の心をキャッチして、学校や教育問題に対する一つの参照枠を作り出した。乙武さんが現実の人物だからこそ、この小説で語られた様々な試みや教育の理念はこれからも生き続けるだろうし、彼や周りの人間によって形を変えて体現されていくのではないかと思う。

今回の小説は、学校や学校行事の中、学校からの帰り道(補助の先生との会話)、飲み屋さん、という3つの場所が主な舞台で、それはそれでとても凝縮されて濃い物語だったけれど、もし今度また小説を書く機会があれば、両親や地域社会なども巻き込んだ、大きな舞台での小説を書いてほしいなと思う。
現代の灰谷健次郎になってほしい。
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「漢字廃止」で韓国に何が起きたか

「漢字廃止」で韓国に何が起きたか

全体的に、記述に対するアカデミックさが足りず、資料や具体的な政府の動きなどの記述が不足している。
このテーマを書くのであれば、筆者は研究者でもあるのであるし、一時資料を使った政治的/社会的なバックグランドや具体的な政策の流れの説明をもっとしてほしかった。
彼女の主張は、自身の経験や、数少ない資料分析、彼女自身の感覚をもとにして成り立っている。
ストーリーとしては非常に興味深く、多くの部分で的を得ている部分もあると思うのだが、本にするのであれば、もう少し資料/データをきちんと提示しないと、説得力のあるものにならない。
表紙が政治的に偏ったもののように見えるのも残念である。
(韓国人の韓国批判ならばある一定の購買層は嬉々として買うのだろうが。)

基本的な主張としては、
ハングルが戦後の民族主義/愛国主義と結びついたことへの批判。
「世界で最も科学的なハングル」神話への警鐘。
これらの主張を根底にし、言語学的に表音文字のハングルは、
1、同音異義語を完全に表現できない→社会的な意思の伝達に大きな障害をもたらす
2、抽象的な概念語(元々は漢字でかかれていた言葉)を表現してもわからないことがおおい→できるだけ簡単な言葉で言い換えようとする→知的に荒廃する
という2点から、漢字廃止の弊害を主張している。


「近代言語学の基本的なテーゼ:言語は人間の思考に何の影響も与えるものではない」に対して、
(本文中では、そのような大学生からの反論が紹介されていた)
筆者は真っ向から反対してはいるのだが、その主張は「表音文字は音声で弁別できるもの以上の情報を表すことができない」と述べるにとどまり(p.74)、言葉が人間の思考を規定するという反証を提示できていないのは残念である。

また最後に筆者は、訓読みがないと、漢字を復活しても結局表音文字であるハングルとの対応で記憶していくしかないので、「日本人のように」、漢字を自分たちの「固有文化の手触りを持って」確実に自分のものにすることが難しいのではないか、固有語(漢字をもとにしていない純正の韓国語)と漢字語が互いに独立して使われている限り、二つは常に対立し排除し合い、共存することができないだろう、と述べ(p.85)、だから韓国も、訓読みシステムが必要である、と結論づけている。


ちなみに全体の3/5を締める後半の韓国の言い回し、韓国のことわざ、という2つの章は、タイトルである漢字廃止で韓国に何が起きたか、と全く関係がない。
日韓の比較言語論のようなものであり、韓国語を少し知っていたり、住んだことのある人間には少し物足りなく、一方で全く韓国語に触れたことのない人にとっては興味深いかもしれないが、きっと一通り読んで何となくわかったような気になり、言葉を特に覚えることなく終わってしまうだろう。
せめて語学書としても使えるように、韓国語併記をしてほしかった。

漢字廃止に対する筆者の反発や、固有語の限界などを主張するのならば、この2章分に出てくる韓国語表現もすべて日本語訳で説明するのではなく、固有語、漢字語、ハングルなどを組み合わせた形でプレゼンすればもっと面白いものになるのにと思う。
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サッカー熱のまとめ。

サッカースカウティングレポート 超一流の分析

今回のワールドカップをきっかけに、サッカーを勉強したいと思って買った本の中の一冊。
『サッカーの見方は1日で変えられる』(木崎 伸也)も同時並行して読んでいたが、木崎さんの本がよりサッカーのプラクティカルな戦術面に注目して、見方をわかりやすく説明しているのに比べ、この本はサッカーがいかに深遠なスポーツかを、しっかり味あわせてくれる本だった。

サッカーが、ただスポーツではなくて、そこには当たり前だけれど生身の人間が深くかかわっていて、サッカーというのはそういう人と人とのつながりの有機的な部分を理解してはじめて、サッカーの本当の面白さに気づくのだ、ということを気づかせてくれた。

1章から、スカウティングのノウハウを通した戦術、選手の能力の見分け方など、かなりテクニカルで初心者には少し難しいことを含め、たくさんの見方を提示してくれる。
そしてクライマックスは最終章である5章で、ここでは世界での戦いに勝つために、ということでフランスワールドカップの実録が載っているのだけれど、この章があったことで、今まで読んできたことが一気に収斂された気がした。

わたしたちはいつも結果だけを観てしまうし、結果だけを見ることで生まれること、わかることももちろんあるけれど、プレーしている選手や監督やチーム全体が抱えているのは、やっぱりわたしたちには抱えきれない、聖域なんだな、ということが分かった。
それを応援するってことは、勝ってるときだけ盛り上がって、負けると非難して、結果だけを見ることじゃない。

正しい戦術がいつもいい戦術とは限らないこと、国家代表としてのサッカーとは何なのか、そしてそれが持つ吸引力は何か、今回日本代表が「ひとつになった」「いいチームだった」っていっていたことが、いかに意味深いものだったかを知らされた。

そしてサッカーが反映しているものは、そのマクロではその選手たちの出身国社会の問題だったり、ミクロでは人と人とのインターアクションをどう構築するか、自分自身をどう表現するか、ってこと。

そういう意味で、誰かの関係とか、この世の中のまわり方とかを考えるときに、サッカーが共通しているものって意外と多いなと思った。
サッカーはもちろん答えをくれるわけではないけど、サッカーを見ることで、自分が生きていてぶつかる色んな問題がどこかで何かとつながっていること、を教えてくれる。
そういう意味で、サッカーを見ることは非常に教育的だ。

サッカーの見方は1日で変えられる

図表などを入れて200ページ近くあるが、サッカー初学者でも半日で読み切れる良書。

同時並行して読んでいた小野剛『サッカースカウティングレポート』と比べ、サッカーの見方を初級から上級と段階を追って説明してくれるので、誰にでも納得できる理論から、細かい戦術まで、すんなり納得することができた。

サッカー通の間では当たり前のように使われている用語も頻出しないので、途中でわからずに混乱してあきらめてしまうこともない。これを読み終わったら、本当にサッカーの見方が確信されると思う。特に初学者にはわかりにくい、それぞれの守備位置やプレーには、すべて意味があるということを、かなり網羅して伝えてくれていると思う。

そしてよい例を挙げたあと、こういうことをできる選手は彼!とわたしでも知っている世界のトッププレイヤーや、日本代表の選手たちを上げてくれるので、実際に見るときに楽しみになるし、説得力がある。

小野剛『サッカースカウティングレポート』は、より高度な戦術・哲学的なものまで踏み込みこんでいるので、並行して読むよりは、こっちを先にばーっと読んでから移行するのがお勧めです。

Number PLUS 2010 June―Sports Graphic

6月も中旬を過ぎて、世界の選手を知るためにあわてて買った選手名鑑。
当初の予測と外れて、強豪国できっと勝つと疑われていなかった国がたくさん負けたんだなというのをこれを見ると実感できる。
モウリーニョのグループ展望もたいてい外れているし、パラグアイやウルグアイといった決勝まで残ったチームを見開きで紹介していない(もちろんフランスやイタリアなどは見開き2ページで紹介されている)のは仕方ないけど、残念。

Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2010年 7/29号 [雑誌]

南アフリカの記者が今大会の成功と意義についてとても肯定的で満足したという意見を書いている一方で、それ以外の国からやってきたプレスやジャーナリストの人たちは国を挙げての警備や設備投資、現地の人々のホスピタリティに感銘を受けながらも、移動やメディアフォローの甘さに苦言を呈していたのが印象的だった。

南アでは、地域的な隔離が激しく、ワールドカップ開催時は、それぞえのスタジアムとその周辺だけがサッカーのテーマパークのようになっていた、とあった。
そして、足下のサッカーがある風景、たとえば路上で子どもたちがサッカーボール(やその代わりになるもの)を蹴っていたりするような、日常の南アフリカを体験するのには、スタジアムの往復の中ではとても難しいってこと。
そういうレポートが、とても面白かった。あと初心者の私には、フォーメーション図を使った戦略の分析や、これからのサッカーの展望なども面白く読んだ。



そして、わたしの人生の中で今の時期に、こういうサッカーの本を読めてよかったなあと思う。
サッカーを通して見るものは、不条理だったり、保証のない将来への投資だったり、大きな賭けだったり、プライドのコントロールの仕方だったり、誰かのために何かを我慢することだったり、認められない中で培っていく耐性だったりする。



2014年のブラジルワールドカップは、絶対ブラジルにいく。
好きになったものは、その場に行かないと、わからないことがいっぱいある。
そう思うと、今から南米旅行が楽しみだ☆


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