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もみじと豚カツ

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今日、朝京都から帰って来た。中間審査直後、GIARI最後のシンポジウム「アジア地域統合への展望」があって、そのあと日本言語政策学会の発表で京都に行った。
中間が終わって、色んなことを一区切り。今までやってきたことを整理して、新しい予定を立てる。そしてあと9ヶ月で博論を書いて提出することを目標に、頑張る。

言語政策学会では、移民教育や外国人児童への言語教育などに関するテーマの発表が多く、2日目のシンポジウムでは朝鮮学校の内部を撮ったビデオを見て、なんだかすごく感じり、2回ほど泣いてしまった。差別とかいうことばと関連づけてしまう(差別は良くないみたいな良心的な意味でも使ってしまう)のは、そういう発想をするのが不幸なことだなと思った。

京都の学会が終わった後、夜のバスの時間まで、清水寺で今年最後の紅葉ライトアップ。
JIN〜仁のときのような、江戸の日本に思いを馳せた。

京都にくるときはなぜかひとりの時が多い。夜遅くまで、女ひとりでも気軽にはいれて、手作り感の高いメインと気の利いたサイドメニューのあるお店って、京都のほうがおおい気がする。そしてそんな京都にいると、ごはんを食べる場所で困ったことはない。

そして、カウンターとかで一人でご飯をたべていると、良く話しかけられる。話していると必ず聞かれる近くからきはったんですか?という質問に、私はいつもちょっとだけ身構える。ことばの端はしに滲み出る横浜アクセント、私という総体が醸し出す東京感はかくしようもない。しかし、観光で?いつ帰るの?という質問に変わった途端、なんやら私がここで異質化したように感じる。



夜、中間審査合格のお祝いをかねて、馬場の成蔵というとんかつ・串揚げやさんに行った。
私はグルメではないし、好きな人と食べるごはんは特に、大抵おいしいと思うくらい単純だ。
ただ小さい頃から、家でゆりちゃんのつくる手のかけられたご飯、というのを食べ慣れたというせいもあって、
ごはんのこまかいところの気遣いとかさりげない手の掛け方に、とても弱かったり(すぐやられてしまったり)する。

食べ終わった後、陽と一緒に本当に美味しかった、とお伝えしたら、ここはまだできて1年くらいしかたっていないお店だと聞いた。
ふたりでチーズ入ミルフィーユとんかつ(1300円)と、特ヒレとんかつ(2400円)を半分こして頂いたのだけど、肉がすごくジューシーで柔らかく、深みがある味なのに、周りの衣の色は本当にほーんのり茶色のとても軽いさくさくした衣で、がっつりたべても全く胃もたれしなかった。ソースじゃなくて塩でさっぱり食べるのがおすすめときいて、卓上の岩塩をたくさんかけて食べた。

手作りのマヨネーズでつくったというポテトサラダ。
良く煮詰まった根やさいのごろごろ入った豚汁。
オイルの入っていないドレッシングもとても美味しくて、新鮮でほそーくきってあって、芸術的なまでにしゃきしゃきしたキャベツにかけて食べるとどこまでも食べれてしまう気がする。
そして何よりも、一番小さいところかもしれないけれど、私が一番素敵だなあと思ったのは付け合わせのお漬け物が小さいお皿に4種類入っていたこと。浅漬けや、ゆずの香りのするものや、全部揚げ物に合うもの。そういうひとつひとつのサイドメニューがとても気が利いていて、外食して、癒された。
定食だけじゃなくて、少人数のアットホームな飲み会にも最適。またいくよ。

とんかつ 成蔵 ツイッター
食べログ 成蔵

燃える清水。
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| | 00:57 | comments(0) | - |
東京を手に入れたくて
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自転車を買ったのである。
tokyobikeのBISOU 26。


色はブルーグレー。
明け方の空や、台風のあとや、色んな空のいつもどこかにあるような色。
ネットで見ていたときは鮮やかな赤や、濃紺や、ビリジアングリーンに惹かれていたのだけど、実際に乗った時に、私の顔と服にこのぼーっとした微妙なグレーブルーがうまくマッチした気がした。
陽が毎日板橋区から代々木まで自転車で通勤しているのを聞いて、自転車を持ったら自分の行動範囲が飛躍的に広がるのではないか、と思って根津にあるtokyobikeのギャラリーに行ったりしていたのだ。

2週間前の水曜日の夜、突然思い立ってOSHMANSに電話したら、10月10日まで自転車の10%オフをやっているとのこと。原宿まで山手線で飛ばして、メンテナンス済の自転車を受け取って、その場で鍵とライトを買って、そのまま代々木、新宿、外苑前、神宮、青山、表参道まで散歩した。
次の日は六本木まで。夜10時発、3時くらいまで色んなところを寄り道しながら走った。
それからも都内で雨じゃなかったら、どこでも自転車で行ってる。
夜のお仕事場を探すために、10キロ以上走ったりもした。
夜の東京はいい。ときどき正体不明になった酔っぱらいの集団や、寄り添って道ばたで寝ている妙齢のカップルや、同じように自転車で夜をすっとばす同世代くらいの男の人(みごとに女の自転車乗りは少ない)に会う。いつもは混んでいる道も、夜走るときはとても自由だ。

先月末は研究協力者としてお手伝いしている日韓の高等教育プロジェクトで、市ヶ谷の私立高等教育研究所で会議があったので、早稲田から市ヶ谷まで歩いた。自転車だったら15分くらいつける場所。歩くのもとても好きだけど、それに自転車が加わると、私の放浪癖は加速する。今までもっていたバックパックにもういっこ慎重して新しいバックパックを買った。スカートは前より履かなくなった。


自転車を手に入れて、私は新しい東京を手に入れた。
こぎ出したときの一漕ぎ目がすごく軽くて、ぐんと加速するのは、今まで乗っていたママチャリと全然違う。
最近マクドナルドが頑張ってどんどん新築している、ちょっとおしゃれで居心地のいい24時間マックで、
たぶん外でのむチェーン店のコーヒーでは一番おいしいと思っているコーヒー飲みながら作業。
作業っていうのは、論文の手直しとか、溜まっている書評を書いたり、ブログを書いたり、そういうこと。
バンコクやソウルにいた時みたいに。
夜遅く、外のカフェで、作業。そういうのがすごく好きだったんだ。



福本 健一
主婦の友社
発売日:2011-10-01

最近とてもいい本を買った。
「早稲田競走部のおいしい寮めし」に関する本。

サブのコメントは、「くじけない心と身体をつくる」
飾ってなくて、家庭で普通に出てきそうな鉄板メニューたち。
ごはんて本当は、ここに書いてあるように、「食べると元気になるごはん」なんだなと思う。

私は全くお料理欲求がなく、少なくとも自分のために御飯を作るということは殆どしない。
自分がごはんを作ることで、こうなる、という目標や勝算みたいなものが全く見えなかったのです。
たとえば10分で作れるごはん、カロリーを抑えたダイエット食、おしゃれなフランス料理、的なものに全く興味を惹かれなかったのだけど、このアスリートたちに提供している元気のみなもとになる「寮ごはん」というもののアイデアにとても惹かれてしまい、予約購入してしまったのです。

盛り付けも綺麗なのだけど、過剰に綺麗じゃない。
たべものとしての存在感が全面にでている。
美味しそう、よりももっと、食欲を胃から刺激されるかんじ。こういうものをがっつり摂取したい、と思わされた。
今住んでいる寮はキッチンもないのでごはんもちゃんと作れないけれど、いつかこういうのを作って食べさせて、誰かを元気にするのを夢見させてくれる素敵な料理本だった。




今日もすっとばす。

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| | 11:36 | comments(0) | - |
私が旅にでる理由
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私が旅にでる理由はだいたい100個くらいあって。
そのうちの3つくらいを書いてみる。


私が良く聴いているTBS文化系トークラジオLifeの7/24のテーマが、「僕らが旅にでる理由」だったので、久しぶりに投稿してみた。

投稿のテーマは「あなたの好きな旅」。




バックパッカーを好きな理由は3つあります。

ひとつめは人との「刹那的な共有感」みたいなものが好きだったってことです。

一人旅は自分できままに旅行しているので、常に誰か特定の人ではなく、たまたま旅先で旅程が同じだった人と移動や食事などをともにする。例えば何人か集ってランドクルーザーに乗って山越えするときも、安宿のドミトリーで部屋をシェアするのも、そこに偶然居合わせた人。
国籍も性別も性格も文化も言葉も全く違う人たちと、ただそのときの目的が一緒というだけで何かを共有する、という毎日。でも誰もが個人の意思をリスペクトしているので、誰かと一緒にいるからといってその人にあわせる必要もない。たとえば気の合う人にあって予定より滞在を延ばす事が稀にあっても、基本的には自分がやりたい旅のスタイル、行きたい場所、みたいもの、食べたいものがあって、それが偶然一致したときになにかを共有する、っていうのが楽しかったのだと思います。誰かが残していった本が旅人のあいだでどんどんまわされていって、それが世界中を旅していたりするのも、共有のひとつの形だったりします。


ふたつめは自分が普段の日本の生活では出逢えない、違う階層の人と出逢えること。

国籍がことなる人と出逢うのは勿論ですが、たとえ日本人でも違う地域や異なった学歴やコミュニティに属する人にあえたのがとても面白かった。日本にいればどうしても、同じような階層の人との付き合いが中心になってしまい、特に私は都市部出身でずっと私立育ちだったので、大学生のときは同じように大学に行っているような人とのつながりが殆どでした。
パッカーをしていると、たとえば工業高校出身でものすごい英語能力のある人に会って刺激をうけたり、15からずっと仕事していて年上の人とのコミュニケーションが半端なく上手い人と出逢ったり、日本にいたらなかなか出逢えなかったような人に会えたのがとてもいい勉強になったし財産になった。


みっつめは、自分の限界を知ること。

以前はやった自分探しということばは薄ら寒くてあまり好きではないのですが、旅をしていると、外見を含めた自分の立ち振る舞いとコミュニケーション能力勝負、といった場面がたくさんあります。よく旅の恥はかきすてなんていうけれど、私に限っては旅の間ものすごく自意識過剰になるし、自分が女として、アジア人として、お金を持っている先進国出身の人間として、しいては日本人として、どういう風にみられるのか、見せたいのかということにすごく自覚的になったと思います。そしてそのことで、結果として自分の立ち位置や、自分の実力やその限界が分かったってことがとっても大きい収穫です。





私が旅を始めたのは19歳の夏、大学2年生の夏休み。
世代的には「アジアン・ジャパニーズ」(小林紀晴)を読んでいる。
沢木耕太郎の「深夜特急」や小田実さんの「何でも見てやろう」は、あとから知った。
ちなみに私の好きだった旅行先ベスト3は、カラコルムハイウェイ(パキスタン北部ー中国新疆ウイグル自治区)、ネパールーチベット自治区、旧ユーゴ圏(とくにクロアチアーボスニアヘルツェゴビナ)。

アジアン・ジャパニーズアジアン・ジャパニーズ

何でも見てやろう (講談社文庫 お 3-5)何でも見てやろう (講談社文庫 お 3-5)



それから私も大人になって、カラコルムハイウェイの旅を最後に、仕事や一カ所への出張が多くなりました。
それでも毎月1回くらいのペースで、色んなところに行ってます。

今年の夏は、香港に3週間滞在予定。


saereal travel log


| | 23:50 | comments(0) | - |
ものをあげるということについて(伊達直人騒動に関連して)
「タイガーマスク」の伊達直人名義で、ランドセルや筆箱、現金を寄付する人のことがニュースになっていた。
私が自分の経験から持った自戒を踏まえて、誰かにものをあげるということについて。


それはパキスタンにいたときだった。
当時、2005年のパキスタンーインド国境地震の影響もあって、思っていたよりもパキスタンの旅が長引き、私はペシャワールとそこにある市場や雑然とした街をいたく気に入って、それほど観光するところのないペシャワールに1週間くらい滞在していた。ちょっとしたきっかけで、アフガニスタンとの国境に近く、アフガンからの移民も多く住んでいるペシャワールからさらに1時間ほど郊外にいったところにある、アフガニスタンの難民キャンプに行くことになった。


その話を聞いた時、一緒のホテルに滞在していた年上の旅で会った男の人が、
どうせ行くのなら何かプレゼントを持っていきたい、と言った。
当時、バックパッカーだった私やその旅で出会う人たちは、どんなに貧乏旅行をしても日本とパキスタンの貨幣価値の差のおかげで、自分たちにとってはそれほど痛くない金額が、パキスタンでどれほどの価値を持っているかを知っていた。だから、彼はこういう計算をした。ここではノート一冊がこんなに安い。100冊買っても、日本円で500円くらいだ。バックパッカーの私たちにしてみれば、500円は3食食べれるお金だけれど、それでもたいした金額じゃない。それで100人の子どもに喜んでもらえるんだとしたら、なんて素晴らしいことなんだ、と。


その時感じた違和感を、その瞬間の私はうまく消化できなかった。
それはきっと「自分の懐はそれほど痛まない。でも相手は喜ばすことができる。」という環境の特権に易々と乗っかることにひかかっていたんだと、今なら説明できる。
しかしその時の私は、なんだか妙な違和感を持ちながらも、完全にそれに乗っかった。
ここで「私はいいや、一人でやって」というのはあまりに自分がケチな気がしたからだ。
二人で200冊くらい、ありったけのノートとペンを文房具屋さんで買い占めて、キャンプに行った。


キャンプの人は、とても快く、丁寧に対応してくれた。
でも到着時は、意気揚々と(おそらく)して重いノートをこれだけ運んで来たんだ!という疲労感と妙な達成感が溢れていたであろう私たちに対して、事務所の女の人が私たちの運んで来たものを見た瞬間に見せた戸惑いと、あきらめのような表情に気づいてしまった。そして急速に、熱が冷めていくのを感じた。とても嬉しそうに、これ、これだけあるんです、と説明をして、喜んでもらえますよね!というオーラを出していた隣の旅友達と自分が恥ずかしくなって、やっぱ間違っていたかもしれない、と言って牽制したのを覚えている。

そのあと、お茶をごちそうになって、キャンプの説明をしてくれながら、私たちに失礼にならないように、すごく丁寧に、キャンプの人数が多いから、こういった物資での寄付は、貰ってもなかなかうまい形で配布ができない、ということを教えてくれた。キャンプ内で争いが起きないように、均等にものが行き渡るように、そういうことを考えたら、全員分のノートとペンが必要だった。私たちは、キャンプには何千人もの人がいることはしっていて、全員分は持っていけなくても、そのうちの何百人かでもあげることができて、喜んでもらえたらと思っていたけれど、現実はそんなに簡単なものじゃないのだ。そこに住み込んで働いている人たちが直面している世界は、ノート一冊がとても貴重だからこそ、そんなに易々とあげたりなどできないのだった。

今落ち着いて考えてみれば当然のことだったかもしれない。でも当時は分からなかった。私たちの行動のもとにあったのは、「自分にできる範囲で相手に何かをあげて、喜んでもらえたらいいじゃないか」という至極単純で、ものすごく善意であるつもりの、希望だったのだ。でもそれは、おじいちゃんにお年玉を1000円だけあげるのと全然違う。

以前、ハイチで災害があった時、ツイッターで呼びかけて、折り鶴をおって千羽鶴を送った人のことを知ったとき、私はかつての自分のことを思い出しながら、だからこそ数倍腹がたった。


あげるのは、相手のためを思うんじゃなくて、自分があげたいのだ。
そしてそのことを、もっと自覚するべきだ。
あげたいっていう自分の欲求を満たすためにあげるのだ。
それにはたちの悪いことに、相手が喜んでほしい(喜ぶべきだ)という期待までついてくる。
あげるのは、自分があげるもの(恩恵や特権)をもっているからだ。あげるということはなくてもそれほど自分が困らないからだ。そして自分がもっているものを分け合いたいという気持ちは確かに善意だから、その人の善意・好意は否定されるべきじゃない、と皆おもっている。


でも。


ものをあげるより、問題と向き合い続けることがどれほど難しいか。
向き合い続けるのは、皆ができることじゃない。
だったら、向き合う人を、彼らが自由に使える形で支援すること。(つまりどんなものにも替えられるお金。)
もしくは何かをあげるとき、それが本当に相手の役に立つかを、思い込みや価値観の押しつけじゃなくて真剣に考えること。
ものをあげたい自分の気持ちを、単なる善意だと思い込まないこと。
単純な善意が暴力に変わることがあるってことを、ちゃんと自覚すること。

あげたいのは、善意じゃないよ。あげることで、自分自身が満足するんだ。
相手の喜びや幸せまで期待するなんて、とてもおこがましいことだ。
結果として喜んでもらえたり、結果として誰かの役にたったのなら、いいことをしたんじゃなくて、それはものすごく、あげた自分自身が嬉しくなることだ。


後日談。去年、新宿連絡会にうちにあったほぼ新品の寝袋を二個、持っていった。
ものすごくどきどきして、同時にまたものすごく自分が偉そうな人間になってしまった気がした。
連絡会の人は、本当に喜んでくれて、これから寒くなるから助かりますよ、と言ってくれた。一回使ってしまったけれど、ちゃんとふいて干したので結構綺麗だと思うんですけど・・・とかもごもご言っていたら、そんなの全然かまいませんよ、どんなものでも、といってくれた。それを聞いてまた、自分が何様なんだろうという気になってしまった。

でも受け取ってくれてとても嬉しかった。私自身がとてもハッピーだった。もしいまあの寝袋で誰か寝ていてくれてるとして、もしそのおかげで暖かかったら、私はとても幸せだ。おこがましいけど。ホームレスの問題に、ずっと継続して向き合うことができていないから、そうやって罪の意識から逃れている。




【追記】
ツイッターやヤフーからたくさんの方に来ていただいて、読んでいただいてありがとうございました。
アクセスが集中してブログが開けない時間があったようで、すみません。
ツイッターでもたくさんのコメントを頂き、勉強になりました。

ひとつ追記しておきたいのは、真剣に誰かを助けたり、なにかを与えたいと考える一個人(ここでは伊達さん)を攻撃したり批判しているつもりは毛頭ないということ。(ちゃんと読んでくださっている方には分かると思いますが)この事件をきっかけにして、その気持ちの表現の仕方と、社会での受容に対して違和感があり、誰かになにかをあげること・寄付すること総体に対する自分の意見を述べたいと思って書きました。もう一つ、コメントの中でよく使われていた「偽善」という言葉にすこしひっかりました。私はここで誰かに何かをしたいと思う気持ちを、「偽善」という言葉で表現はしていないし、するつもりもありません。

人の役に立ちたいとか、誰かを喜ばせたいとか、何かを与えたいと思っているNGOや援助現場の人の中に人は、そうしている自分や自分の環境に悩んだり、与える立場にいる自分に疑心を持ちながら、それでも向き合っていっている人がたくさんいる。その中で、何かを寄付したりあげることを簡単に正当化し美談にすることには、今でも違和感を覚えています。


もう一つ付け加えるとすれば、私が以前短期間ですが関わっていた山谷にあるカトリック系の慈善団体でも、東南アジアの山岳地帯のこどもたちを支援するNGOでも、ウェブサイトでどれほど詳細に何を求めているかを書いていても「寄付」という名目でたくさんの不必要なものを送りつけてくる人は少なくなかったし、そういった明らかに家庭内の不要品と見えるようなものを「これでももし誰かの役にたてれば・・・」と考えることの傲慢さを感じていました。寄付行動は喜んでもらうという実感を得ると嬉しいので癖になりやすく、同じ人から定期的に送られてきたり、事務所の前に置かれていることも多く、連絡先がないので、こちらから連絡してお断りすることもできない、との話を一度となく聞きました。


何もしないより行動したほうがいい、という考えも多く聞いたし、それも真実だと思います。
中には、今回のことで、とにかく寄付という概念が広まって、行動する人が増えるんだからいいじゃん!とコメントを書いていた人も多かった。それも確かに一理あると思います。
でも寄付活動は、ただものをあげる行為が広まることに意味があるのではなく、既に次の段階にいっているし、行くべきだと感じます。

最後に、今回の孤児院にランドセルを寄付する、という出来事に関して、自分の意見を述べるとすれば、「自分がこどもだったら、よく知らない人から寄付でもらったランドセルを6年間使いたいだろうか。」っていうことを考えてもいいと思いました。子どもは、大人が思っている以上に色々考えているし、物質よりも、自分の気持ちやこだわりやプライドが大事なこともあるから。

今回のことは、誰かに何かをあげるということはなにかということを再考するいいきっかけになったし、自分だったらどうするだろう、今自分が何をしているだろうということも、何をしたいのかということも、整理して考えることができました。そういう意味で感謝しています。

(追記1月12日午後11時)



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Heideroosjes | Free Tibet? | Esperanto
私がオランダ時代に嵌っていたパンクバンド。

HEIDEROOSJES "United Tibet"


フリーチベットには心情的には同意する一方で、現実的に考えたときにチベットの人たちの為になるのはなんだろう、って考える。
西洋の人たちがこうやって騒ぎ立てるフリーチベットの運動は、彼らのオリエンタル思考が垣間見えて両手を上げて賛同する気にはなれない。チベット独立を支援するときの自分たちの中に、自己満足的なロマンチシズムがないだろうか。自分たちが商業主義的で自由で便利な生活を謳歌している一方で、彼らをエキゾチックなままに伝統文化や生活様式を維持したまま秘境に閉じ込めておきたいと願うような。

チベットや中国の自治区を長い間かけて旅行したことがある人だったら、その場所がいかに魅力的な独自の文化を持っていて、そしていかに漢民族的なものに進出されていっているか、同時にそこに住む人々が、どれだけ現実的に漢民族の人たちが持って来たものに依存しているかも分かると思う。私がチベットに行ったのは2001年。来年で10年になる。きっともう、私が見たチベットはそこにはないと思う。カトマンズから何日もかけてラサに行って、そこからランドクルーザーで何日もかけて色んな地方へ行った。

今思えば、あの旅行のときは西洋から来たバックパッカーたちと旅をともにすることが多くて、その中で自分の言葉のつたなさにいつもいらいらしていたと思う。漢字が読めるし、中国語も少しできるので、グループの中での存在意義はそれなりにあったのだけど、全員が欧州諸国から来ている中で彼らのコミュニケーションについていけなかったことが何度あっただろう。あのころと比べたら、あれから10年経って、やっと日本語以外の言葉を自分のものとして使えるようになったと思う。

言葉はうまいへたじゃなくて、自分の中から自分の言葉として取り出すことになれているかどうか。
入っている単語や文章構築の能力だったら決して不足ではないのに、人と会話できないのは、その言語が自分の言葉として出し入れが不自由だったからだ。
出し入れに慣れてくると、その言葉と自分の気持ちや考えがダイレクトにつながってくる。

現代思想2008年7月臨時増刊号 総特集=チベット騒乱 中国の衝撃現代思想2008年7月臨時増刊号 総特集=チベット騒乱 中国の衝撃


自分の研究が地域統合に関わっているので、ユーロのヨーロッパ市民アイデンティティの論文をたくさん読む機会がある。
この曲の歌詞はとても面白い。

HEIDEROOSJES "Euronoise"


Euronoise it's all we wanna play
We speak a different language but our spirit is the same
Euronoise it's all we wanna play
Spread it out from Spain to Greece up to the UK



昨日からツイッター上でエスペラント関連の議論が行われていて、私も後半から参戦して、少しコメントを残した。
pukuma 教授のエスペラントについての見解

私が書いたもののまとめ。

エスペラントを習っている人たちや団体が醸し出すものを、宗教っぽい感じたことは正直あった。そう感じた理由として、エスペラントを教えてくれるところが、言語教育機関としての利益を求めているように思えず、私たちにそれを教えること自体が目的で、見返りを求めない布教のように見えたからだ。今時、言語はその人が身につける資本みたいなもので、どこか教室で習うとしたらどこも高い月謝を取るものなのに、エスペラントはほぼただに近い。その敷居の低さにびっくりすると同時に、言語が価値を持って売られている環境になれていた私は、この人たちは何を求めているんだろうと思った、のがファーストインプレッション。

「エスペラントはニュートラルな言語。エスペラントはネイティブスピーカーがいない。それぞれの母語を大事にし、言語多様性も維持できる」というのが私が一番はじめにエスペランティストの人たちから得たメッセージ。

まだ初級者の私が言うのもなんだけれど、エスペラントは言語としてもとてもよくできていると思う。文法的にも、単語の成り立ち的にも、言葉を学ぶのは面白い、という気持ちを掻き立ててくれる。世界語としての可能性や今後の拡張性については疑問だけど、pros/cons含めて、エスペラントの存在意義って、言語帝国主義問題や、言語の多様性の保護、ネイティブスピーカーの価値、そういう言語にまつわる色んな問題を、エスペラントを踏み台にして語れるところじゃないかなあと思う。

エスペラントが話せると、海外旅行に出かけたときに、海外のエスペランティストの家に無料で泊めてもらえる、というシステムがあるらしいけれど、これは個人的にはそれほど魅力的を感じない。その心が広さには感嘆する一方で、「エスペランティスト」というだけで形成されるソリダリティーみたいなのが苦手なんだと思う。人の家に泊まるっていうのは相手をかなり信用していて好きでなければできないことで(反対も同様)、それがエスペランティストというだけでは、私には不十分だと感じる。

エスペラントについて、簡単にまとめていえば、私は面白く学んでいるし、上に書いたような存在意義はおおいにあると思っている。でもそれが世界の共通語になればいいとかは考えたことはないし、現在英語が世界でどれだけ大きな役割を果たしているのかも十分承知しているつもりである。

私がこの議論で残念だったのは、エスペラントを役に立たないとか宗教的なので、なくなってしまえばいい、というひとことでまとめてしまうこと。現実をしっかりみて、それでもひとつのコミュニケーションの手段としてエスペラントを学ぼうとする人がいるのに、それをはなっから否定するのはどうか。
また私の周りのエスペラント学習者を見ても、エスペラントは落ちこぼれが英語の代わりに手に入れようとしているものだとはとても思えない。定年後の楽しみに学んでいる人も入れば、言葉に対する意識が高くて、色んな言語を学んだ末に行き着いた人もいる。言語である限り、その言語に対するアプローチが多様なのは当たり前で、みんなが同じイデオロギーを持ってエスペラントをやっているわけじゃないのだ。

自分が頑張って手に入れ、身につけて恩恵を得ているものを正当化したくなるのはやむをえないとしても、それでなにかを全否定するような生き方はしたくないなと思った。


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分離と共存、エスペラント
前々回の日記、The best for you is not always the best for the others.に関連して。

以前参加したプログラムの一つで、外国人集住地域の会議に地元の人々の代表や役所の人、
移民や日本語教育などの専門家が集まって多文化共生に関する議論をしたことがあった。
そこで、外国人居住者と日本人が共存していく上で、何が課題になっていくのか、という話をしたときに、
参加者で地元の主婦の人が、
「近くにすむ外国人のゴミの出し方が町内会で問題になっている」、という話をした。


するととある大学の先生が、「こういった多文化共生に関する会議をすると、
すぐゴミの出し方の話を始める人がいる、多文化共生をそういう小さなレベルで話す人が多すぎる」、
と半分馬鹿にしたようなスタンスでコメントをしたのがとても引っかかった覚えがある。


togetterでまとめた、「宗教的な食べ物における制約は、個人の嗜好よりも優先されるのか?」に、何人かの方がコメントをくれた。
私は、宗教上の食べ物の制約は、優先して尊重されて当たり前だろ!っていう意見に、
半分は賛成するけれど、半分では素直に賛成できない気持ちがある。
尊重しろよ!っていうこと自体はとても簡単で。
寛容には、負担がつきまとう。生半可な心ではできない。
言葉や理念で「尊重する」とか、寛容になるべきっていうのは簡単でも、現実に直面したときにどう対応できるかはその場になってみないと分からないことが多い。


異文化との接触と摩擦は、毎日の本当にベーシックなことから発生する。
高尚な異文化共存理論や多文化共生社会の理想を語る人には、すごく些細なことなのになんでその卑小なものにとらわれて乗り越えようとしないのか?、といわれるのかもしれない。
ゴミ問題をあげる主婦の人を、心が狭いとか、問題を矮小化していると捉えるのは簡単だ。
でも、こういうのって、一番難しいのは、毎日ともに「生活をする」ってことなのだ。
当たり前の毎日の繰り返しや、体や知覚、味覚、嗅覚にしっかり染み付いているもの。
自分で選択して選んだものなら順応できても、外からやってきたものにたいして、そういうものを変えたり、はなかなか変えることができない。


私は、周りに外国人留学生がたくさんいる(というか院にいる人で仲がいい友達が殆ど留学生だ)ので、
おそらく他の日本人の友人よりも、自分との生活上の違いが大きい外国出身の人たちとの接触が多いと思う。
研究室で一日中同じ場所に入れば、一日の大半を一緒に過ごし、一緒にご飯を食べにいったり、ものをシェアしたりもたくさんある。
当然そこにはお互いに妥協しあっていることがいっぱいある。
でもそれを妥協してるとか、譲り合っているとそれほど感じないでいられるのは、
相手や私が、時間的にも経済的にも、心理的にも、
ある程度「余裕」があるからこそできることじゃないかと思っている。


生きていればおなかがすく。でもいつもちゃんとしたものを食べれるわけじゃない。
時間がなかったり、お金がなかったり、ちかくに適当なお店がなかったり。
時々は安く、早くすませたいときもある。
私が学部生のときは、バイトして生活費をためていたから、ご飯はなるべく安くすませたかった。
でも例えば、今研究室の友達と、松屋や吉野家には行けない。マクドナルドにはいけない。
とんかつと同じ油であげる定食やさんにはいけない。
食べ盛り(?)の肉食男子とムスリムの人が一緒にいると、行くところに困る。
量が食べられて、肉が入っていなくて主食になるメニューがあって、それなりに安いもの。
それがないと、どちらかがどっかの部分で妥協することになる。
私の場合、これがもし学部生のときだったら、彼らがメンバーに入って一緒に行くと安くご飯の食べれる場所にいけないことで、経済的な負担が現実的なものとして迫ってくるだろうと思う。


だったらいつも別々で、とか、一人でいけばいいじゃん、という解決方法もあるだろう。
でもたぶん、問題は、できることなら誰かと一緒に行きたいと思ったり、たとえ考え方や嗜好の違う人間でも、一緒に何かをシェアしたいと思ってしまうところに人間のサガがあるんだと思う。そしてできれば自分の一番心地よい方法で、誰かと共存したい、って。


現実では、違いを違いだから、それぞれ勝手にしようと割り切れないくらい心理的に近い距離にいたり、物理的に近いところにいたりするのだ。


同様に、今回の研究室忘年会で、私が腑に落ちない部分があった一方で、
ひとつちゃんと伝えておきたいことがあるとしたら。
今回鍋にしようといったのは、みんながどうにかコンセンサスをとって、
できるだけ同じものをシェアして食べよう、と思った人たちの発案だったってことだ。
ツイッターのコメント欄で、
「なべなんて一つのものをみんなでつつくような食事自体が押しつけだ」と誰かが言ったけれど、
そもそもなべ自体は、留学生の友達たちの「日本ぽいことをやってみたい、冬だったらあれでしょ、なべ!」みたいな軽いノリで始まったのだ。


もちろんそこで、それぞれ食べれるものが違うから、はじめから各自ご飯をもちよって・・・っていう完全分離をすることもできた。でもそれをせず、少なくともなべをしてみよう、という提案とそれに対する賛成の中には、日本に来たんだし、そこの文化っぽいことをやってみて、みんなで同じ鍋に入ったものを食べよう、という意思はあったわけで。


はじめからばらばらに好きなもの食べよう、ではなく、今回こういう風にみんなが一緒のものを食べようとしたことで色んなことを感じれたことは、少なくとも私にとってはとてもいい経験だったし、たくさん考えさせられる結果になりました。





エスペラントを習い始めた。
土曜日は、早稲田のエスペラント会館へエスペラント講習会。
私が自分のことばとして、もっていたいのは、日本語、英語、韓国語、中国語。
韓国語はあともうちょっと、中国語はだいぶ、努力が必要だと思う。
今のところ韓国語は最上級の検定を取っちゃったので、目指すのは韓国語教師の資格。
中国語は旧HSKで4級を持っているんだけど、上級になりたいのでどこかのタイミングで語学留学したい。

エスペラントは、その理念とか存在に興味があったこと、言語政策に関連する研究をやっているものとして触れておきたいなと思ったのだ。
やってみたら、文法が明確で、英語の知識があればわかる言葉も多くて、面白い。
エスペラントの中立と普遍性がどういうものなのかに興味がある。
あとはこの言語をある程度身につけたら自分自身がどう変わっていくかということ。

私がやっていて中途半端に終わった語学はたくさんある。
高校から6年やったのにもう頭からすぽっと抜けているドイツ語。小さなことからドイツ文学が好きだったので、ドイツ語をやるのは高等部時代も大学に入ってからも自然の流れだったのだけど、あるときからとたんに関心をなくしてしまった。
オランダに留学していたからやっていたオランダ語。ドイツ語に似ているし、前オランダ語で日記も書いていたことがあって、少し頭に残っている。スペリングの感じがとても好きな言葉。
バハサインドネシア。これはインドネシア人とマレーシア人で仲のいい友達がいるから、時々単語や簡単な会話レベルで使っている。
英語と韓国語は学術レベル、中国語はビジネスレベルで使えるくらいにして、今やりたいのは広東語。


エスペラント小辞典エスペラント小辞典

エスペラント―異端の言語 (岩波新書)エスペラント―異端の言語 (岩波新書)


エスペラント協会の会員でも回し者でもありませんが、非常に安い値段で一つの言語が学べます。
興味のある方は是非。(以下勝手な広報)


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国際共通語 エスペラント Esperanto 初級講習会
両部の交互受講・重複受講も可

土曜日 午後の部 2010年12月18日(土)-2011年3月26日(土) 隔週 全7回 14:00−17:00
木曜日 夜の部 2011年1月13日(木)-3月31日(木)毎週 全12回 19:00−21:00

会場: エスペラント会館(早稲田) 4 階教室 (エレベーターなし) 原則として 4 階教室を使用するが、3 階会議室も使う (3 階を使う日には 3 階扉横に掲示する)
講師: 菊島和子 (ロンド・コルノ)
受講料(交互受講・重複受講も追加料金不要): 2,000 円、学生 1,000 円
単発受講は 1 回 土曜日 300 円、木曜日 200 円
(テキストは基本のものが二冊で1150円で購入。宿題も添削してくれます。)

日本エスペラント学会 


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| | 16:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
The best for you is not always the best for the others.

疾風のごとく過ぎ去っていった師走の一週間。
水曜日はノルウェイの森を見て、木曜日は祖母の81回目の誕生日で横須賀へ。
そのあとはうちの研究室(GIARI)のフェローたちの忘年会。
金曜夜は『スプリング・フィーバー』、土曜日はエスペラント講習会。
その合間に先生と話したり、ツイッターで議論をしたり、論文を読んだり、来週の発表の準備をしたり、ジムへ行ったり。
一つ、ワーキングペーパーを書くことにした。ツイッターで知り合った人を共著者にナンパ。
GIARIの英語論文は締め切り1月10日。その前にゼミのプロポーザル発表。



9つの違う国籍、4つの異なる宗教を持った研究室のメンバーで行った鍋パーティは、みんなと楽しい時間を共有した一方で、何か釈然としない思いを残し、食べ物に関する主張と権利、他者を尊重することとはどういうことなのかについて、随分と考えさせられた。この件について、twitterで綴った今回の出来事と私の思い、皆様の質問、コメント、ご意見などをtogetterでまとめました。


宗教的な食べ物における制約は、個人の嗜好よりも優先されるのか?


全体の中で、我慢や負担を最小限にすること。
そして全体のハッピーを最大化すること。
同時に、それが最大多数の最大幸福にならないように、
一人の犠牲でみんなが幸せになることで、全部解決したことにしないように。

自分にとってのベストは、誰かにとってのベストではないっていうこと。
これを忘れると、争いはずっと続くと思う。





昨日は、祖母の81歳の誕生日だった。好きなチーズケーキを買ってお祝いをした。
マイ・親愛なるおばあちゃん。私にはおばあちゃんは一人しかいない。おばあちゃんには孫は2人しかいない。
そのうちの一人であり、私は大きい方でもある。

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この日は、私が行かなければ笑わない、というくらい私を大好きな(はずの)おじいちゃんの、ベストスマイルショットも撮れた。
でもそれは私だけのプレシャスにしておく。


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思い出と戦う。


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昨日、とっても天気がよかったので、本の整理をした。
部屋に2つある本棚に収まりきらなかった、中学生以前に読んだ本たち。
結局、日本の歴史シリーズは保存することに。
誕生日に全巻揃えて買ってもらったものなので、捨てる気にはならない。
伝記や、小学生のときに読んでいた単行本、青い鳥文庫のクレヨン王国シリーズ全巻などは、古本行きになった。
多分値段がつかないから、処分されるんだろうな。
クレヨン王国は間違いなく私の世界観の形成に影響を及ぼしたと思う。

寄付、って言っても、明らかに自分が処分しようと思ったものだから、いらないものをあげようとしているみたいで「寄付」という行為をすることになにかおこがましいような、微妙な抵抗がいままであった。でも今回整理した本たちは、もう明らかに読まない、置いておく場所もないもの。でも捨てたくないのは、小さいころ夢中になって、自分に色んな影響を与えてくれたものだと思うし、古くて茶色っぽくて、古本の匂いがするけど、そこにはやっぱり思い出が付着しているのだ。クレヨン王国シリーズや伝記は古いけど中身はきれいだし、名作だし、どこかで読まれる場所ないかな、と思ってツイッターで置き場所候補を探していた。

病院、区役所、公民館、銀行、色んな場所を推薦してもらって、ネットで調べると、持ち込みされても困る(実際には収納場所がないし、整理に困るので処分される)といった情報を色々読む。

この古本が難しいのは、それぞれの本を必要としている場所と、自分の供給が一致していないこと。ライブドアに送ったら、きっと値段が付けられずに処分される本も、きっと読んでくれる人がどこかにいると思う。でもどこにいるのかは分からない。「寄付」って送っても実際に使われないのならば、ライブドアに送って処分されるのと一緒だし、その手間を取らせ、寄付を受けつけることへの抵抗感を生んでしまうので逆効果。

最近では、「本を売って国際協力!」なんていうシステムもあって、国際協力NGOとブックオフなどのコラボは、ブックオフに本を売って、その売上金を寄付できるというもの。でも私がしたいのは、本を誰か読む人がいたらその人にあげたい。お金を寄付したいわけじゃない。これらの本を売って得られるそれこそ何百円にも満たないようなお金じゃなくて、誰かに読んでほしくて、そしてNGOに寄付するなら、別にお金を寄付すればいいと思っている。

そして今日、上に上げたいくつかの場所に電話したら、「うちではそういうのは受け付けていません」とのお返事。どこも愛想よく対応してもらったので、反対に申し訳ない気持ちに。

明日から、もう少し情報を集めて、どこか彼らの居場所を探そうと思います。



もう一つ。100ハイの時に1度だけ使って、倉庫の中で眠っていた寝袋。新宿連絡会に寝袋を2つ持っていった。
新宿連絡会は、私が毎日歩く早稲田通りから一本道を深く入ったところにあって、あそこを少し奥に行くだけであんなに全く雰囲気の違う街が現れると思わなかった。家と家の間の通りで野菜を売る人や、一軒家全体がアートギャラリーのような家や、手芸教室や、居心地の良さそうな住宅環境だった。

冬用のでっかい寝袋をもっていったら、事務所番をしていた人が、これからの季節すごく必要なんです、と喜んでくれた。
これからの季節、路上で寝る人には役に立つかも。色と緑と青で、ピンクとか買わなくてよかった。
ということで私が一番嬉しい。
新宿連絡会(ホームレス支援任意団体)

前に山谷で少しだけ炊き出しを手伝っていたことがある。
家から2時間くらいかかるので、通うのがしんどかったことと、たどりつくまでのラッシュとのギャップに耐えられず、1ヶ月くらいで行くのをやめてしまった。

そのときの自分の行動に対するうしろめたさみたいなのは、今でも少し残ってる。
正直、あそこではいい思い出ばかりじゃないけど、ちゃんと向き合わないで逃げたことを人生であげるとしたら、3番目くらいには現れてくるんじゃないか。

それで問いは、さあ、これからあたしは何をする?ってこと。
考え中。


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日本みそ汁


今日お手伝いしているユネスコの翻訳シリーズを出版してくれる会社にいってきて、先生二人と社長さんと日本の教育についてひろーく語っていたんだけど、そのとき聴いてておもしろかったこと。

ー 「日本は劣等感列島だ。」:日本では、韓国、中国と比べてエリートの使命感がない。資源もないし競争心が生まれないし、夢がない。

ー 「わたしたちは先に行っているんだから」:私は個人的にこういう言葉をさらっということができない。勿論日本はある意味成熟社会だという認識はある。そしてその成熟社会の基準は、韓国や中国といった近くの国と比べてという相対の上に成り立っているんだけど、それを堂々と口にするときにあれ、本当にそうなのかな、追いつけ追い越せとかそういう考え方って正しいのだろうか、と疑問になってしまうので、結構年配の人たちが自然に、僕たちの方が進んでいるんだから、というような言い方をするとそういう進歩史観みたいなのって破れたんじゃなかったっけ、と思ってしまう。 

前に研究室の同僚のくりすに、何で日本人は明治維新を後生大事にいつも例に挙げるんだ?と質問された。今回も日本の成熟度を話すときに、日本は明治維新を経験して、明治維新はもう終わった(変革を遂げた)という例を挙げて、でもきっと今韓国や中国はその明治維新的なものの途中なのかもね、という話を聞いた。正直、明治維新時に日本が経験して来た外の世界との対応と、現在切迫しているグローバル化があまりに違いすぎるので、この明治維新を経験してきたんだし、という言説がどうも私にはすとんと納得できない。

私の日本社会の認識は、沸騰しきったみそ汁に似てる。
沸騰する直前が美味しいのに、もう日本みそ汁は沸騰しきってしまっていて、味が落ちている気がする。そしてまだぐつぐつ同じものを煮てる。

もういっこ。
ー 「大学がどういう風に人をグローバル化していくか」:教育収支のためには留学生30万人受け入れ伊計画もいいけれど、日本人を30万人海外に送り出すことも必要。人材は国の宝だよ。これも中韓と比べて送り出しの割合が絶対的に少ないのは、日本人が内向きだから?国内で満足しているから?留学のメリットや、異文化体験に対するあこがれがなくなっちゃったのだろうか。

自分たちの国の中で自給自足できてるってことはもちろん悪いことじゃない。一流人材を海外に出しすぎて、国内の学術システムが空洞化したり、頭脳流出が起きるのも問題だけれど、国内にだけ留まっても学問のレベルはあがらない気がするんだけどな。



モテキDVD-BOX (5枚組)モテキDVD-BOX (5枚組)

私は主人公と全く同じ年なこともあってか、おそらく自分が選び撮って来た音楽が彼と似ているのか、
流れてくる音楽に一々胸をぎゅっとつかまれる思いがする。
フジファブリックのオープニングに始まり、一話で森山未來が着ていたTシャツがソウルセット。
野外フェスの場面ではBIKKEがちゃんと歌ってる。
一話からソウルセットを出すなんて、と次はどんな人たちの音楽を流すんだろうと期待が膨らんだ。
大江千里の「格好わるい振られ方」ダイノジがDJやって流す小沢健二「強い気持ち、強い愛」。
深夜バスで帰る場面で、フラカンの「深夜高速」。ホフディランの「恋はいつも幻のように」。橘いずみの「永遠のパズル」。真心の「サマーヌード」。
漫画の方ではピーズ、トモフスキーなんかも出ていて、同時代性を感じたし、
島田の結婚式の日に、島田が歌った曲を「どうしてあんな歌すきなんだろう」って悲しくなるいつかちゃんの気持ちがすごく分かる。
売れている曲になかなか共感できない、自分のアウトローさにため息付きながら、でも自分が好きな音楽の方がもっとすてき!と思ってる意固地さ。


非常に同感した台詞5。

ー童貞すら守れないやつに何が守れんだって話よ。
ー生きていてよかった、おれもそんな夜を探したいよ。
ーなんにもかかえてねえ女なんていないんだよ。土足でずかずか入ってくぶん、そのくらい覚悟しとけよ。
ー「昨日もしたでしょ」「カレーと一緒で二日目のほうがうまいんだよ!」
ー男の人ってさ、男が何か打ち込んでいる姿をみて女がほれるって思いがちじゃん?全然そんなことないからね。

最近とんと夢中になれるドラマがなくなって来た。
(「同時期には自恋刑事も見ていたけれど、クドカン作品はやっぱりもうちょっと前のものの方が好きみたいだ。)
このドラマを見ていたときに、友達と自分はこの中に出てくるどの女の子のタイプかというのを話していた。
だれにも勿論当てはまる訳じゃないし、いつかちゃんほど自己完結もしていないし、土井さんほどバンドTシャツとかそういう物質をきっかけに誰かに近づいたりもしないし、林田ほど強くもないし、夏樹ちゃんほどの小悪魔性もない。

でもおそらく全編を通して一番同感した女の子は、最終話の夏樹ちゃんだと思う。
二人で入った学校で、幸世は、夏樹は自分にとって一番好きだった人だけど、自分が一緒にいるべき人じゃないんだ、って気づく場面。一人ソファに座ってる夏樹に「なつきちゃんにとって僕は、たまたま寄り道したら、曲がった角に僕がいただけなんでしょ?」って聞く。あきらめと執着半分半分のまなざしで。
そしたらちょっと考えて、そうだよ。って言った後に、夏樹が泣くんだけど、その泣く気持ちがそのドラマの中で一番よく分かった。あの涙は演技じゃないよ。

オフィスクレッシェンド、いい仕事してるなあ。(←堤さん大好き)



ということで最近また中国語初めてます。まったくいつになったら本腰いれてやるんだ、って思う。しかし大国言語をやると、その罪悪感からマイナー言語を学びたくなったりする。フランス語を必要だと思いつつもなかなかやれず抵抗があるのは、フランス文化にそれほど興味もないし、音もきれいと思わないのに、やっぱり大国言語ばっかりやることへの自戒があるのだと思う。その点中国語は、学ぶ理由がクリアだ。中華圏の映画と中華圏の音楽と、標準中国語以外の発音がつぼだから。

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タイトルには超入門、とあるが、とても超入門ではないレベルの高さ。例えば「道理でおなかがでてきた」「すっぴんの時には人に会いたくない」「ごはんをレンジでチンする」なんていう表現が出てくる。「超入門」であるのは、中国語のレベルではなくて、体と心の動きを表すフレーズ、という表紙のキャッチコピー通り、日常的に使える頻度が高いという点で頭に入りやすい、だから超入門、というのがいいだろう。いわゆる会話集にのっている「会話」は、実際になかなか使わないような表現が多く載っているものが多いけれど、これは本当に「つぶやき」に使えるような表現がたくさんある。CDに入っている女の人の声がとても可愛いので、まねするモチベーションにもなる。ちなみに私がこの本で覚えて一番有用だと思ったのは「絡むな、酔っぱらい!」
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Noblesse oblige
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「若き指導者とノブレスオブリージュ」
ノブレスオブリージュとは、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うこと。
私の解釈では、エリートはエリートとして果たすべき責任と社会への貢献義務がある、ということ。
ノブレスオブリージュ@ウィキ

随分前に書いて書き終えることのできなかった日記だけど手直しアップ。

モンゴルでの思い出は、基本的にすべて楽しくて、非常に充実した2週間だった。
毎日朝から晩までセミナーをやって、どんどん発言して、グループワークもたくさんあって、
こういう国際セミナーでここまで積極的に関われたのも多分初めてくらいだったので、
自分の自信にもなったし、とてもいい経験になった。

プラス、この二週間が残した、YLP(北東アジア経済フォーラムヤングリーダープログラム)のメンバーに対する情は、かえってきてからもまだ持続していて、その中でも2、3人のメンバーとは、結構ひっきりなしにfacebookやtwitterやskypeや、何らかの形で交流を続けている。
2週間が生んだ情っていうのは半端なくて、それは言葉とか関係なく、一緒にいてよくも悪くも色んなことを知ってしまったので、なかなか離れがたいというのもある。年も年齢も職業も文化的背景も全然違うのに、完全にフェアな状態で話して(そういう点で英語の果たす役割は重要)、普通に街や職場で出会ったら、ずっと一緒にいてもあんなに濃密な関係にはならなかったと思う。

帰って来てからそのときのことを話すと、あの30人くらいの中で様々な人間模様が渦巻いていたことを思い知らされる。
私自身を思うと、自分は人にすかれたり、嫌われたりがすごくはっきりでる人間だと思う。
ある人には溺愛されるし、ある人にはとにかく嫌われる。
それはこっちがはじめ精一杯のフレンドリーで接しているつもりでもそう。
私は人の感情には結構機敏だから、相手が自分に好意を持っているか、悪意を持っているかはたいていわかる。ずーっと旅をしててたくさんの人と出会っても、そこで「だまされた」っていう経験がほとんどないのは、相手の悪意には結構敏感だからだと思う。

たぶん、キーは劣等感。
みんなそれぞれいい社会資本を持った家庭で生まれて、いい教育を受け、
いい大学(大学院)にいって、いい職について、勿論その中では一生懸命がんばって来たんだけど、
どこかがむしゃらにやっていくことを見せるのはかっこわるい、っていう暗黙の了解があるように思う。
それでもあの中にいると、自分をアピールし、居心地のいい居場所を手に入れていかなきゃいならない。
でも思い通りに手に入らないこともある。
私も今まで、色んな会議やJENESYSやサマースクールに参加して、多国籍の人たちとずっと一緒にいるなかで、
自分がいて心地いい場所をすぐにゲットできたかというとそうではないし、その居心地の悪さを繰り返して、
今回初めて、割と自分にとっていいポジション、っていうのを手に入れることができたと思う。


誰かに認められて、かつ自分が興味のある人が自分に興味を持ってくれて、一緒にいてくれて、
かつほかの人も自分の周りに集まってくるということ。
それに必要なのは、まったく異邦の誰かに対するアピール力。
その中でも、自分が言語に関する研究をやってることを差し引いても、言葉の果たす役割って本当に大きいと感じる。

そして言語が残酷なのは、わかりやすくその語学の実力差がでるところ。
可愛さ、とかであれば、それぞれ異なったタイプの「可愛さ」があって、
人によってどういう人を可愛いと思うかも違ってくる。
それに対して、語学の判断基準に関しては、可愛さよりも断然コンセンサスがとれていて、
誰でもかなり似通った基準で、彼ははなせる、彼女ははなせない、っていうのを判断できる。

語学はだから、自分が劣等感を感じる一番のファクターになる。
そして人との差異を明らかに自分でも自覚できるから、もどかしさを瞬時に感じる。
私に取って「ちゃんと」はなせるのは日本語くらいしかない。
でもある程度その言葉で自分の意見をいって、不満足で身悶えすることがない言語は英語と韓国語で、でもその「言い切れなくて身悶えする」経験はずっとして来た気がする。

人は、自分よりだいぶ離れた偉大なものには劣等感を抱かない。
例えば、可愛くなりたいと思っても、芸能人に劣等感を抱いても、それほど持続しない。
だけど、現実世界で周りにいる可愛い女の子や、
自分が手に入らないものを持っている人にはもっと劣等感を抱くし、嫉妬するだろう。
たぶん、自分よりちょっと高い位置にいて、自分が届きそうだけど届かない場所にいるとき、より劣等感を感じるのかなと思う。

私は、たぶんそういう意味での、人に対する嫉妬っていうものをあんまり持ったことないように思える。
劣等感というか、あたしもがんばらなきゃ、やばい!っていうのは感じることは多々ある。
小さなことであれば、30になって、みんないい化粧品使っていいご飯食べて、自分の美貌を維持しているのに、私の主食はビックルとパピコの白いのと、うどん。これは良くない、ちゃんといいもの食べてちゃんと寝なきゃいかん。そしてそのためにはある程度の稼ぎが必要だけど、私が学振から貰っているお金で美味しいものなんて食べれないし、ちゃんと社会人やってばりばり働いている人とは違うのだ!ってところで人との差異を感じないわけではない。

でも。家庭とか、家族とか、もってる外見とか、もうある程度どうしようもないものに関しては、決して全肯定はしないし、できない。でも全否定もしないし、人からそれを否定されたらすごくいやだ。だから私もうらやましがらないし、できるところは学んで取り入れたいとは思うけど、嫉妬して比べる対象のものではないと思う。

そして後天的なものに関しては、まだまだ進化の余地がある。だから嫉妬には値しない。
いいモデルがいれば嬉しいし、悪いモデルがいれば、心の中で踏み台にする。

ノブリスオブリージュって本当に存在するな、と思う。
ここまでくることができた私たちは、社会の恩恵とか家族のサポートとかに預かっていて、
だからこそ、自分の居心地のいい居場所をゲットできないっていうのは、いい訳ができないな、と思う。
劣等感とか、自分が何かをできないとかを自覚するのはすごく大事だけど、
その矛先は他人への嫉妬とかじゃなくて自分にむけていかないといけないと思う。
できないことを自覚するのは、エリートであればあるほど痛いのだろうけれど。



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