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ブラック労働はすべて自分自身のため


労働はあくまでも自分のためのものだと思う。

仕事は、二つのものをもたらす。精神的なものと物理的なもの。

私は自分が研究職なので、仕事とは、より精神的なリターンが大きいものだと感じる。仕事は自分のためにするものだ。少なくとも今の私はそうだ。自分の好きなことをやって、少ないながらもある程度のお金をもらっている。ポスドクでも食えない人が多いなかで、運良く恵まれていると思っている。他の仕事についている人も、それぞれバランスの差異はあれ、精神的なものや物理的なもの、様々なリターンがあるから仕事をやっているのではないかと想像する。

では、仕事はその周りの人間にとってどういう意味を持つのか。仕事から受ける精神的なリターンは主に本人へのもの。仕事による自己研鑽や承認は基本的には仕事をやっているその本人にのみ返ってくるものだ。周りの他人、特に家族にとってのリターンは、愛する家族の精神的な安定(本人への精神的リターン)を除けば、基本的に「お金」が中心だと思う。


働き方への不安

私は最近憂鬱になっている。
非常に不安で、はっきりいって将来に自信がない。

仕事をやることで時間も精神も持っていかれている人達がいることに対してだ。今の私の恋人がそうだ。例を挙げれば、一緒にいても携帯で仕事のメールばかりしている。相手の仕事の合間に時間をあわせてご飯を用意しても、ゆっくりごはんも食べれない。1週間近く家に帰ってこず、不規則な生活をしている。人の話も自ら聞こうとはしない(興味がない)。そもそも頭の中が仕事で一杯で、余裕がない。ブラック企業ならぬ、ブラック労働だ。

私は同情はするし、相手が大変なときは支えたいと思う。しかし、それにも限界がある。自分に余裕がある時はできるが、余裕がないときはできない。「俺は頑張っている。今はこれをやるしかしかたない。だからお前は黙ってろ」みたいな扱いを受けるのも冗談じゃないと思う。この半月あまり、帰れない彼のためにご飯を作って会社まで届けたり、色々進めなければ行けない二人のことに関してもすべて私が計画し実行に移してきた。ちなみにこれは今回はじめてのことじゃない。去年のこの時期、バリに旅行に行った時もそう。旅行の準備もほぼすべて私が担当。当然英語ができるのは私のほうなのでついてからも基本的にすべて私が主導。三日目まで部屋では仕事ばかり。旅行中に締め切りを抱えて、会社から年中「なるはやで」みたいなメールが来る(この時ばかりは、元々の友人であるその会社のメンバーを心から恨んだ)。


家族における役割分担

世の中には色々な家族の形はあると思うから、1人が目一杯仕事をして稼いで、家族全員を扶養し、夫婦の片方が家の仕事をして働く仕事をする人を支えるというあり方もありだと思う。私の友人でも、そういう家族形態をとっている人達はたくさんいる。カネを稼ぐ人間、家のことをやる人間という完全分業制で、それぞれが立派な仕事だと思っている。
(*この場合、家事をやる人間は無償労働と見なし、賃金を貰う労働より低く捉える考え方には賛同しない。いわゆる専業主婦問題は存在すると思うが、ここでは主旨とずれるのでまた別の機会に語ることにする。)

ただ、ここでの問題は、上記のように家族全員を余裕で扶養できるような人は、もうほんの一部にしか存在しない、ということだ。もし私と同世代で配偶者がそうう稼ぐ人がいれば、社会階層の上位10%かそれより上に入っている人達だろう。一般的に、家族全員を余裕で養えるほど稼げる人間なんて、どんどん減っているのだ。

それでは、シェア制にしましょう、とする。今の私と恋人の状態はそうだ。私と恋人が稼ぐ金額はほぼ同じくらい。自分1人ではまあ十分だが、人を養うには足りない、でも二人で働けば、子どもができても暮らせるであろう額だ。彼は会社につとめているので、とにかく時間を拘束される。一方で、私は研究職なので、非常勤などを除いては望めば家にいることも可能だ。ただしここでの問題は、家で家事をしながら研究ができるかというとそうではないということ。これを読んでいる人の中でも、図書館にできないと勉強ができないとか、家だと集中できないという人がいるでしょう?まさに同じことで、家にいればやるべきことはごまんと見つかるし、「家事はやれる方がやればいい」というスタンスを取られると、ほぼ私がやることになるのは明白だ。

ただ帰ってきて寝るだけでは、生活は回らない。20代独身のように、働いて泥のように眠って健康でいられるほど、30代以降の体は頑丈にできていない。外食ばかりでなく、家でバランスのとれた食事をしたり、お風呂に浸かったり、まともなお布団で寝たり、人間らしく健康的な生活を送るには、それなりの家事労働が必要だ。料理、洗濯、掃除。こういうものをとにかく気づいたときにやればいい、土日にまとめてやればいい、というのははっきりいって甘い、ということは多くの家事労働をしている人が分かっていることだと思う(この家事の大変さを分からない人が結構多い。まあ、特に男性に。)

私は晩婚化も生涯独身の増加も少子化も、すべてはこの働き方の問題に関連していると思っている。男女平等に働こうと言う(一見リベラルな)人は「家のことはできるやつがやろう」というだろう。しかし実際には、お互い働いていても、実質的にいくつかのことを並行して処理できたり(これは家事労働に必須のスキル)、計画的に生活を設計できるのは基本的には女の方が長けているケースが多い(勿論例外はある)。女がよっぽど鬼嫁かずぼらでないかぎり、一般的には負担は女に来る。ここに、世間一般の「女らしさ」抑圧や家問題や妊娠出産関連の生物的な負担が来る。

家のことをやらない、家族と一緒に過ごして話を聞かない分、多く稼いでいるかというとそうでもない。そういう人のパートナーは、仕事もきちんとして家事もして子どもができれば子育てもして年老いた親の面倒もみて。正直、私自身はスーパーウーマンじゃないから、そこまでできる自信がない。

仕事に頭のなか全部奪われるような状態になるのは、もう身勝手でしかない。完全扶養がもう幻想になった今、お互いに仕事をして支え合うべき状態がすでに来ているのに、働き方はかわらない。そりゃあ晩婚化も進むし、独身者は増えるし、当然少子化も進むでしょう。


じゃあどうやって働くのが理想なのか(・・・と私が考えるか)

働いてお互い自分自身プラスα(1.5人分)は十分に養えるだけの経済力を持ち、家のこともしっかりやって、家族との時間も持てる、そういう仕事方法に変えていかなければ、相手に負担をかけるだけだと思う。問題は、その負担をかけている本人や会社が意識を変える必要があるのに、「一生懸命働いている、やるべきことをやり責任を全うしている」という恍惚状態に陥って、自分が仕事ばかりしていることが周りにどれだけ負担をかけているかについて、無自覚であることだと思う。

相手を完全に扶養するのは無理でも、1人1.5人分くらいずつ稼いで、二人で暮らす。子どもがいないときは、その二人合わせて1人分を貯金に回す。女が妊娠したら、当然働けない時期も出てくる。どっちかが病院したり転職したら当然片方にお金が入らない時期もある。そのときも片方が稼ぎつづけ、貯金もあればどうにかなる。そうやって将来のためのリスク分散を二人でしているのに、どちらかの働き方が旧態依然とした専業主婦の夫パターンであれば、片方に負担がきて壊れる。そもそも壊れる前に、そのリスクを引き受けられずに結婚をためらうだろう。何度もいうように、私は晩婚化も少子化も、こういった労働のあり方とそれにまつわる意識が問題だと思っている。

| | 22:53 | comments(0) | - |
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