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プチ入院日記(退院しました)
12月12日に入院し、13日に無事手術を終え、16日に退院しました。

病院で私が感じていたのは、私にとっての非日常と病院にとっての日常、私にとって唯一無二の身体と病院が抱える何千何万という患者さんの身体、というこのアンバランス。私が一番苦手とする、「熱移動」の起こりにくい場所。

子宮筋腫は、おそらくあらゆる病気の中でも、良性の腫瘍であり、取ってしまえば身体に問題を及ぼすことがないものだから、病気の中ではおそらく「軽い」ものに入るのだろう。筋腫はあまりにもありふれていて、女性の3分の1は持っていると言われる。病気としての子宮筋腫の病状が比較的「軽い」部類に入るのにたいし、これが婦人科の病気であるということが、この病気自体の深刻さと患者の精神的な負担の間に、妙なアンバランスをもたらしている。

婦人科というのは、なんだかやたらと心にくる。子どもが産めなくなったらどうしよう。
「もしかすると、もしかすると」の無限ループが襲ってくる。
私は自分自身に関してはそれほど心配性ではないし、特に女性としての(もしくは子宮としての)役割に対する思い入れが強い方ではないと思う。それでも、大学病院で会った患者さんの様子や、ネットに書かれている様々な情報を見ていて、婦人科にかかる病気が、その病状以上に如何にメンタルを揺さぶっているかが分かった。


私は今まで、病気になったら自分にとってベストの病院のベストのお医者さんに見てもらえるよう、情報収集を怠らず、なるべくいい場所を探すのがいいことだと思っていた。そして順天堂は、おそらく子宮筋腫の腹腔鏡手術に関しては、日本で最も執刀数が多く、病院自体も信頼のおける病院なのだと思う。大学病院なので再診で行ってもとにかく待つことには辟易したが、あれほど忙しくても礼儀を失わないスタッフの方々はすごいと思ったし、会計や受付などのシステムもきちんと整備されているなと思った。病院のスタッフの方々の中でも、特に看護師さんたちの働き方を見ていると、例え私のような患者に手が回らなかったり、多少患者への対応が遅れても仕方が無いなと思えるくらい、毎日とても忙しくて大変そうだった。その重労働には心からリスペクトしている。

それでも私は、もしもう一度ここで診察を受けたいかと言われたら、もういい、と言うと思う。
手術の日、手術開始の前に担当するお医者さんに会うこともなく、開始の合図や、もちろん合図もない。挨拶(と自己紹介)をしてくれたのは麻酔科の先生だけで、寝台に寝てから私の身体に色々触ってくる「先生」と呼ばれる人は、担当のお医者さんでもなく、誰でもなく、とにかくばたばたと色んなコードを付けられながら準備されていて、そのうちに意識を失った。目覚めた後も、また新しい担当のスタッフの人が側にいてコードを外したりのお手伝いをしてくれた。終わった後も手術室に放置され(私は意識が朦朧としているので、周りの音だけを理解している感じ)、周りでは次の手術の準備でばたばたしていて、水が欲しかったりして誰かを求めようとしても誰も呼び止められない。私はその日の手術の2番目だったが、手術はそのあともいくつも続くようだった。何事もシステム化されていて、求めれば勿論応えてもらえるのだろうけれど、余計な質問をして迷惑をかけたりしてはいけないと思ったし、何か言えば言った自分がわがままや意味の分からないことを言っているような感じがした。手術の日も、入院する部屋についても、お医者さんや病院の都合が最優先。手術の2週間前まで入院の日や手術日も確定せず、最後の手術内容の説明の日まで病院に聞いても「先生から直接」としか言わず、担当予定の先生から私と家族に説明があった日にやっと確定した。常勤で働いている女の人であればどうするんだろうと思った。せめて1ヶ月くらい前までに確定しなければ、1週間休みを取るのも難しい人がほとんどだろうに。そして入院する部屋についても、場合によっては個室になりますという。個室は一泊4万円近く、5日間の入院でそれは無理なのでなるべく4人部屋にお願いできますか、というと、それでも空いていないケースがあり、個室のお金が払えない場合は、手術ができなくなる可能性もありますがご了承頂けますね?と言われた。勿論了承するしかないのだけど。


術後の様子はといえば、私は全身麻酔から目覚めるのが非常に遅かった。
当日の13時頃には手術は終わっていたが、覚醒したのは15時前、それから20時まではほぼ意識がとぎれとぎれで目を開けるのもつらい状態が続き、朝まで薄い眠りが続いた。夜寝れないのは痛いので仕方がないのだが、覚醒が遅いのはつらかった。自分が以前全身麻酔を打ったときも術後2時間くらいでほぼ普通に会話できるくらいになったし、私の術後に手術を受けた同室の人たちも、手術の日の夜にはもう普通に会話をしていたのに、なんでこんなに覚醒が遅いのだろうと思った。もしかしたら麻酔の量が少し多かったのかもしれないと思うくらいだった。

手術をしてみて一番つらかったのは、痛みよりも、意識はどこかにあるのに体が思うように動かないから意思が伝えられないこと。自分の口からものを飲んだり食べたりができなかたこと、そして酸素マスクをしているので常にのどが乾いて硬直し、息がしにくいことだった。意思疎通、飲み食い、自由に息をすること、この3つができないだけで、結局生きるっていうのはかなり1人なんだなって思うくらい、孤独を感じた。幸いにもその孤独は1日で終了したが、闘病をするとしたら一番の敵は孤独と絶望だろうなと思った。

点滴や背中にいれていた痛み止めの管、おなかからつながっていた管、尿管などすべて外れてからは、だいぶ気持ち的に楽になり、恐る恐る歩いてお手洗いにいったり、地下の売店に行ったりした。術後の癒着を防ぐためにも、歩くことはとても重要だそうだ。ずっと寝ていて背中やお尻が痛かったので、何時間かごとに売店に行くようにした。

私が泊まったのは4人部屋で、毎日誰かが手術をしていてた。私の隣の女性は、手術前に旦那さんがくると、ずっとこどもたちのこと、家のことを気にかけるような質問をして、手術が終わってずいぶん早く麻酔が覚めたあともまず旦那さんに聞いていたのは「上の子はちゃんと歯医者に行ったのか」だった。自分は痛くてぼーっとしているのに、本当に強いなあと尊敬した。かなり長い手術だったので、おそらく私とは異なる病気で大きな手術をしたと思うのだけど、終ったあと、痛くて痛み止めを何度も頼んでいるのに、痛み止めを打てるかどうか確認してくる、と言った看護師さんが毎回なかなか帰ってこなくて、うめき声がずっと聞こえてきた辛かった。痛みに耐えて待っている人と、その痛みをコントロールする「権限」を持っている人の、その1秒1秒の違い。もちろんわざと遅れているわけではない。でも痛みはどこまでも個人的なもので、患者は待つしかないのだ。ひたすら耐えて。

私はお医者さんを心から尊敬している。それは畏怖も含んだ尊敬だ。でも私が今まで一度もお医者さんや弁護士や、そういう仕事にあこがれなかったのは、自分の能力や学習の絶対量が足りなくてまず物理的にも絶対になれないというのは勿論のこと、他者が持つ絶対的な痛みや不幸に日々対面して過ごすことが私にはできないと思ったからだった。そして自分が患者になっても、病院はやっぱり苦手な場所だった。


手術後は、起き上がったり立ったりするときにお腹に力を入れると痛みがでて、歩く時もまっすぐ背筋を伸ばすとお腹が引きつる感じがしたので、少し前かがみで歩いていた。退院した日には、もういつもよりはゆっくり目に、でもずいぶん長い間歩いてもまったく問題なくなりました。ただ階段の上り下りで振動がきたり力を入れるとちょっときつかったくらい。

手術後一週間の状況は、走るのはちょっと厳しいけれど、その他の日常生活にはまったく問題なし。術後二週間の今は、以前と変わらず動いている。さすがに全速力で走ったりはしてない。検診でテープを剥がしたら、傷もきちんとふさがっていた。足の付け根に近い方の傷は、横に1.2cm くらいの切り傷、おへそとその中も切っているので、内部がかさぶたになっていて、その横に2cmくらいの切り傷。全部で4個のうち、下の二つはビキニをきても隠れる場所だけど、上の切り傷は一番目立つので、早く綺麗に治って欲しいなあと思う。
| | 21:21 | comments(4) | - |
コメント
3年前に良性腫瘍で腹腔鏡手術をしました。SaerialさんのTwitterやブログをしばらく前から拝見していて、同じ手術を受けたとしってびっくりしました。

私の場合、子宮がん検診で腫瘍が発覚し、はじめは評判のよい順天堂病院にいきました。しかし最初の受診で手術までに半年以上待たされることを知り(&流れ作業のようでどこか不安を感じ)、腹腔鏡手術の評判の上々であった東大病院にいきました。その際にはがん検診をした最初の病院で、改めて紹介状をだしていただきました。

東大病院の先生は、私が手術まで長く待たされることに不安を感じていることに共感してくださり、東大病院では数ヶ月以内に手術できるできることや、より早く手術できる信頼できる病院を紹介する選択肢も提案していただき、とても安心したことを覚えています。結局東大病院で手術を受けました。手術の際は担当の医師が、事前と事後に丁寧に説明してくださって満足度の高い手術でした。(手術後には私のお腹の中の映像まで見せてくれました)

とはいえ手術までとても不安な日々を過ごしました。手術を通して感じたことも多かったのですがうまく言語化できなかったので、Saerialさんの率直な言葉の一つ一つに、自身を経験を思い出し、心うたれていました。とりとめのない文章ですが、私の経験もどなたかの参考になればと思い、コメントさせていただきました。
| nama | 2013/01/02 10:59 PM |
nama様 コメント&ご経験のシェアありがとうございます。

「流れ作業」的なものとは、まさにおっしゃる通りのことを私も感じました。大学病院が抱える患者さんの数を考えたら、それも当然のことだと思いますし、それでも先生方の経験値はとても高いと思うので、難しい手術では執刀数の高い名医の先生に観てもらうという選択肢もあると思います。自分にあった病院を探すのはなかなか難しいものだと思いました。

子宮筋腫の手術を受けた人の様々なブログや口コミをみても、分かりやすく病院名を書いてあるものはまれで、実際にどんな経験をしたのかの情報は意外と少なかったので、私は感じたことを素直に書こうと思いました。
| saereal | 2013/01/03 8:05 PM |
初めまして。
Twitterで回ってきたRTからこちらにお邪魔しました。
ブログを拝読させて頂きました。
まずはご無事のご退院おめでとうございます。
博論執筆中だったとのこと、大変でしたね。ただでさえもの状況に加え、入院環境を拝見し、さぞしんどかったことだろうとお察し致します。
私は元々婦人科系が弱く、D2になる直前に開腹手術で左側卵巣の摘出を、昨年(就職2年目)で腹腔鏡で子宮筋腫摘出術を受けました。
開腹手術を受ける際、医療従事者側からの疾患の説明や手術に関する諸注意はネット上で散見しましたが、経験者側からの生の声がなかなか見つからず、手術を受ける側として注意することや退院後の生活についての情報収集に苦労した記憶があります。
開腹手術に関してはまばらではありますが、今後経験する人に少しでもお役に立てたらと思い、ブログに記録を残しました。
ただ、今回saerealさんのブログを拝見し、患者側からの体験を記録に残すことの重要さを改めて痛感しました。
私は手術に至るまでの診察で、患者のことを考えずに専門用語を繰り返し使って疾患や手術について説明をする担当医と数回、衝突しました。また、退院後もどのような時にどのようなことに困るかをできるだけ具体的に担当医に伝えていました。(気圧が低下してくるとお腹の中の傷も表面の傷も痛み始める、など)
そうでないと彼らはテキストに載っている通りの説明や診察、質問しかせず、患者の回答が彼らが「異常」や「逸脱」と判断する範囲に入りさえしなければ、「経過良好」と印を押すからです。
ですので、器質的に術後の問題は生じていないが、日常生活上こういうことをすると傷が痛む、こういう場所に行く必要があるのだが時期尚早か?、術前と同じくらいのスピードで走ると貧血のような症状が出る、などなど、自分の生活で感じたことをそのまま伝えるだけ伝えています。

まだまだ寒い日が続きますので、傷に痛みを感じることもあるかと思いますが、どうかご無理なさらず、ご自愛ください。
術後にこれまで通りの負担をご自身にかけてしまうと、1年後2年後にガタがきてしまったりしますので(私はがたがたきました)、少しでもご自身を甘やかしてくださいね。
ご研究のこともあるかと思いますが、体が万全でないと研究も快調に進まないでしょうから、お体をお大切になさってください。
長文、失礼致しました。
| miho | 2013/01/08 9:26 AM |
今、正に子宮筋腫のオペをすすめられて、検索をし、有名である順天堂に明日行こうと思っていたところでこちらのブログに出会いました。

最初に行った板橋中央病院の体制に不安を覚え、腹腔鏡手術をするなら他の病院が良いかな、と自分の症状と信頼出来る病院に出会えないことへの不安でいっぱいで、貴重な体験を読ませて頂いて本当に良かったです。
ありがとうございました。
| mk | 2013/06/24 8:23 PM |
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