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博論を終えて
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博論を終えて、提出前に写真まで撮って、無事5部を事務所に提出した。博論提出まで、ずっと長い間寝て起きてパソコンの前に座り続けるという生活を3ヶ月くらいしてきた。恋人とご飯を食べたり散歩したりもしたけど、私の大好きな夏の遊びはほとんどできなかった。海にも行かなかった。

博論を終えて一番ほっとしたのは、何をしても博論のことがどこか頭の隅・・・どころか中枢に居座っている、という状況から抜け出たこと。それはそれはほっとした。終わって一日目は、そのぽっかり埋まった穴をどうしたらいいか分からず、寝不足もあってふらふらとしていた。


そんな風に博論を提出して2日後、陽と富士山に登った。


富士山は色々あって(要するに私がヘタレ過ぎて)頂上にいけなかった。夜中、山小屋を出発し、9合目前まで行って引き返した。人の群れに逆行して降りながら、登っている人には見えない街の灯りと満点の夏の星空を見た。朝、山小屋から太陽が青空を割いた瞬間を見た。

それで思ったのは、「特別な風景」を決定づけるものって、結局個人の気持だけなんだなということ。富士山だったら「頂上から見るご来光」を「見るべき」なのかもしれないけど、私には、陽と二人占めした山中湖から相模湾までの街の灯りと、星空が綺麗すぎて、満足した(要するに言い訳と惚気です)。

とは言いつつも、今回富士山の頂上まで辿りつけなかったのには、いくつかの要因がある(もちろんすべて私に起因してる)。まず前提として、私は富士山チャレンジ2回目であり、1回めは24くらいのとき、190センチくらいの体力と根性!みたいな男友達と1日で頂上から5合目まで往復しているという経験者であるということ。

私は正直体力も肺活量もないが、気力と精神力だけは結構ある。誰か(特に男)といれば、張り合うので余計に頑張る。今回の敗因は、まず第一に、ここ数年で基礎体力が大幅に落ちたこと。特にこの2、3ヶ月間は、起きてパソコンの前に座って論文を書いてという博論月間だったので、運動量が圧倒的に足りなかった。

第二に、今回9月の登山ということもあって、新宿からのガイド付きツアーに参加したのだが、40人規模の大部隊だったので、集団行動の苦手な私には精神的にとても酷だった。歩くペースも自分で決定できないのは、とても疲れた(ただしガイドさんはとても素敵な人で富士山小咄はとても面白かった)。

結果として今回は自分の運動不足と筋力不足、および集団行動への適応能力のなさが露呈した結果であり、後者は性なのでどうしようもない点もあるが、前者は明らかに努力不足なので、妥協せずに今後体力を付けようと思う。今回のちきしょうを忘れずに、10年後も余裕で富士山に登れるような女でいたい。

富士山の筋肉痛(それはそれはひどいもので、終わって4日後まで、地面に足をつける振動だけで痛かった)が収まった頃から、近くに新しくオープンしたジムに通い始めた。自転車で5分ほどの所にあり、ピラティスやヨガ、エアロなどのプログラムも充実している。そこでキックシェイプというボクシング系の運動を始めた。

私はあまりスポーツに関心が高い方ではない。特に勝利への執念というものを自分で味わったことはない。でもスポーツ観戦は好きだ(特に駅伝と相撲とボクシングと柔道)。勝つことよりも、「かっこいい勝ち方」に興味がある。それは「強い」からこそ実現可能なものだと思うし、「強い」ことはかっこいいと思う。

だからこの間のオリンピックで見ていたような"JUDO"の関節技とか、指導でポイントを稼ぐとか、相撲でもやたらと引くとか、ボクシングで相手の血がでているところを狙うと言った戦い方は、私には勝つための汚いテクニックに見えてしまう。とにかくそれをかっこいい強さには思えない。

でも強いことにはとてもあこがれがある。しなやかな筋肉や、疲れない持久力。どちらかと言えば、何か起こったときに対抗できる力みたいなもの。震災があったときに逃げ切ったり、自分を助けるだけじゃなくて誰かを背負って逃げれたり、誰かを守ったり、救ったり。そういう力があったらかっこいいなあと思う。

体の診断をしたら、私はどうやら体幹の筋肉はとても弱いそうなので、とにかく胴体部分のトレーニングをしている。運動をすると気持ちがいい。おしりや太ももなど女として致命的に柔らかい部分が少しきゅっとして、背筋がしゃんとのびる気がする。この何ヶ月かの間に、強くしなやかになりたい。


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この何ヶ月間、私が飢えていたのが、インプットだ。博論はひたすらアウトプットの作業だった。頭の中やパソコンの中にある色んなものを、できるかぎり出し切った私は、狂ったように本を買い、Huluに契約し、本と映画を見まくった。小説も学術書も含め、博論に関係ないからと今まで積読していた本たち。Amazonでもどんどん見境なく買って、映画に関しては日に2、3本は見た。そしてそのインプット枯渇が、9月の末になってやっと少し、落ち着いてきた。


大学院や研究職に関心のない友人たちは、私に会うと今どういう状況なの?と聞いてきます。
先日9月25日、研究指導終了(博士課程に入って3年経過)で大学院を退学したので、学生ではなくなりました。
長かった5年間の大学院生生活。学生証を手放したのは久しぶりです。
学振研究員としての資格が来年の3月まで残っているので、そこから先は、PD(ポスドク)や大学の研究職に応募し、今年中に博士論文のディフェンスを行う予定です。
今年度中に、今いくつか関わっているプロジェクトで論文を2つ、個人で投稿するもので1つ書く予定なのと、
今週末から日本国際教育学会、11月にはアジア教育学会(発表)に参加します。



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