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持続可能な「雪かき」について:はじめて行った被災地、釜石市箱崎のこと。
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週末、ちょっとだけですが東北に行ってきました。
早稲田のボランティアセンター、WAVOCで行っている東日本大震災復興支援プロジェクトによる、週末ボランティア(英語便)

場所は、岩手県釜石市箱崎町。
WAVOCでは震災直後から定期的にボランティア便を送っていて、今回の「英語便」には早稲田在学の留学生(含む交換留学生)が多数参加した。

WAVOCによる東日本大震災復興支援プロジェクトは、早稲田大学卒業生からの支援金・義援金によって成り立っている。それらは被災した学生への奨学金や、ボランティアを東北に送るための活動資金になっていて、参加者の私たちが払ったのはボランティア保険の1000円とそれぞれの食事代だけ。岩手の遠野地方まで、バスを貸し切って留学生と日本人学生合わせて36人で、2泊3日の東北の旅だった。


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私たちが活動したのは釜石市の箱崎町という、数ある半島の先の方に位置する小さな街。
半島の先のその街から釜石へは、一本の道でつながっており、その途中にトンネルがあった。
救助や支援の命綱であるそのトンネルには、津波のあとたくさんの泥と、そして遺体が埋まっていたという。

震災後の箱崎の救助・復興活動は、まずそのトンネルから遺体を運びだし、トンネルを開通させることから始まったという。
その小さいトンネルは、私たちの乗った大型バスがやっととれるくらい小さくて、抜けた先には、雪に覆われて真っ白で真っ平らな箱崎町が出て来た。

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箱崎にあった240世帯のうち、180世帯は津波で流されてしまったという。
震災から11ヶ月近くたった今でも、家の解体をやっていて、シャベルカーで家をおもちゃのように壊していく様子を、現地の人が見守っていた。

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東北に行って、釜石の周辺で見たたくさんの家々には、○と×のサインがついていた。
震災後の混乱の際、遺体を発見する救助隊と遺体を回収する部隊が別々だったことで、目印のためにつけたという。
×は、この建物の中に、遺体があるというサイン。○は、その回収をさす。

崩れて人が住めなくなってから、この11ヶ月の間に風化したまま晒された誰かのおうちにも、
廃校になった小学校にも、看板だけが残る商店にも、このマークがあった。

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箱崎は、半島の先という地理的な条件からもあって、支援が十分に届いていない地域だ。
その町には産業がない。レストランも、商店もない。
買い出しは、日に3本あるバスに乗るか、誰かの車に乗せてもらってトンネルを抜け、釜石のスーパーなどに行く。

津波のこと、被災のことだけではなく、都市生活者の私たちには分からない地方の現状も知った。
廃校になった小学校に泊まり、若い人の消えた町をみた。
町の端に一つだけそびえていた真新しい自動販売機が、ものすごく不釣り合いで、暴力的なものに見えた。


私たちは、雪かきをした。仮設住宅の周りを取り囲んだ雪を、除去する作業。
私は個人的に「雪かき」という活動をしたのは始めてだったが、重くて危険で大変な作業だと思った。
殆どのひとが高齢な箱崎では、こんな重労働をできる人はいないだろう。

いくら私たちボランティアが雪かきしても、もう一度雪が降ればまた雪がつもる。
雪かきにはきりがない。「支援」なるものはきりがない。
箱崎での「支援」は、雪かきのようだと思った。
コミュニティから若者という構成員がすぽっと抜け落ちてしまっているから、ずっとやりつづけなければ意味がないのだ。

お弁当などを支給するのも、生活用品を支援するのも、時折民間団体などが入って行っているようだが、
人間の生とルーティーンを支えるその「支援」は、雪かきのように終わりのないものだろう。
本当ならば、雪かきをするシステムが、その中に生まれなければいけないのだ。

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開発でも、教育政策でも、みんなよくSustainableということばをいう。
持続可能なもの。ずーっとできること。
「雪かき」をして、私はそれをもっとずーっとやっていたいなと思った。

今回参加する前から、私は役に立たない活動をして、やったような気になる、ということを一番恐れていた。
被災地にいって、ボランティアといって、実際には小さなことしかできないのに、何か学んだ気になってしまうってことがとても恐ろしかった。

多くの人は「少しでも役に立てば」「小さくても貢献」という思いでボランティアに参加するだろうし、
私たち早稲田からのボランティアも、たった週末の何時間だけかの雪かきを、
「それでも行って、体験して、小さくても何かすることが大切」と言った。
何回か行ったミーティングの中でも、「何かしたくてここにきた。小さいけれど、大事なことをしたんだ。」と言い合った。

しかし終わって感じたことは、やはり自分のやったことが、たった一回・一部の「雪かき」に過ぎないことだった。
「雪かき」は、ずっとやり続けなければ意味がないのだ。


ボランティアをして貢献をすることより、体験して自分が得たものの方が大きかった、
ということは良くあることだし、私も、今回の英語便で東北に行ったみんなも、きっとそうだった。
行って、今までとは明らかに意識が変わった。
都心からの遠さや、瓦礫や、人や、平らになった土地や、暴力的な自動販売機や、寒さに触れて、はじめて感じた、当事者意識。


私はずーっと雪かきしたかった。
帰って来てからも雪かきのことを思い出す。
体力を消費される、あのくらいの単純労働が、何もできなかった自分(の贖罪)にあっている。
ずっと居れないから、実際には雪かきはできない。
でも雪かき的な何かを、し続けなきゃいけないと思った。

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| | 02:58 | comments(1) | - |
コメント
素晴らしい経験をしましたね。
| 命の行進 | 2012/04/18 6:03 PM |
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