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小学校英語教育について

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小学校英語教育についてのご意見を聞かせて下さい。

ガチな質問ですね。
小学校英語教育について賛成か反対かと問われれば、非常に懐疑的だといわざるを得ないのは非常に残念です(エレカシ風に)。

私はJ-SHINEの小学校英語教育指導者資格を取得しておりまして、来たるべきときには小学校で英語指導に従事することも考えているし、教育者としても学習者としても、英語教育には非常に前向きに積極的に関わっていきたいなと思っています(*)。懐疑的なのは、なにをどのように教えるのかについて、まだ議論や視点が十分ではなく、考えるべき部分があると思からです。

まず前提として、小学校での外国語学習(=英語学習)について、
・何のために学ぶのか
・他の外国語ではなく、英語である必要性
・どんな英語を学ぶのか

この3点について、政策立案者・学者・現場の教師たちが中心となって学生・保護者も巻き込んで、再考する必要性があると思っています。

文科省の文面によれば小学校の外国語学習は、コミュニケーション能力(=人の話に耳を傾ける、自分の考えや調べたことを自分の言葉で表現する)の素地を養うこと、とありますが、実際にはもっとわかりやすく、アジアでもっとも低いと言われている日本人学生の英語力を高めるため、小学校のことから、英語の基礎を身につけることが目的なのだと思います。

同省によれば、小学校5、6年で英語活動を必修化して、同省作成の教材「英語ノート」で285の単語と中学1年レベルの50の表現を教え、6年生終了時点で英語を使って遊んだり、自己表現できたりすることを目指すそうです。文法や単語の書取は教えないそうです。

以下は、私の個人的な意見です。
・何のために学ぶのか
本気で英語を話せるようになるためには、週一回や1、2時間ほど勉強しても英語力の向上はそれほど望めない。書き取りを教えず、音で単語や会話文を覚えさせて、本当にコミュニケーションの能力の素地を養うことができるのか?という点にまず疑問。
また、小学校英語の目的が、英単語やアルファベット、英語の音に慣れ親しむ、というだけでは、中学校以降の英語教育とつながらず、形骸化してしまう可能性がある。
実際私も、小学校のときに週一回英会話教室にいって、英会話のまねごとみたいなことを半分遊びでやっていたけれど、音としてhow are you? whare are you going?のような会話文を覚えて英語に「慣れ親しんで」いても、中学に入って役に立つことは、ABCを見慣れているということと、音に慣れがあるということ程度。中学に入って、英語の文型・スペルなどを1から記憶し始めるわけで、果たして小学校で英語学習に費やした時間の分だけ、英語の能力は上がっているのか?というと甚だ疑問だ。
本気で英語力の底上げを考えているのならば、中学校英語との連携も含めた、包括的なプログラムを組むべきだし、文字を介在させない外国語学習を、5、6年生から始めるというのも遅すぎる。音や単語や丸暗記を中心とした英語学習をするのなら、幼稚園や小学校1、2年でするべき。

・他の外国語ではなく、英語である必要性
異文化コミュニケーション、外国への興味や多文化理解のための外国語教育で週一回の文化体験的なものを求めるのであれば、英語である必要性はない。英語を学ぶ時間もあれば、ほかの言語や文化に触れる時間があってもいい。その小学校のいる地域で一番多い外国籍の人が英語圏の出身者であるということは、日本の場合ほとんどないはず。在日や日系の人々や華人の歴史について学ぶことも重要だし、彼らの話す言語、韓国・朝鮮語や、中国語や、ポルトガル語・スペイン語などを学ぶことも大事。英語圏からネイティブ英語話者の教師を読んでアメリカの歌を歌ったり、ハロウィンやイースターのまねごとをするのは笑止。

・どんな英語を学ぶのか
英語の目的は、日本語以外で日本語話者以外の人とコミュニケーションをとれることであって、ネイティブの英語に追従することではない。グロービッシュの研究では、多国籍・多言語話者の人々が集まる国際会議で一番理解されにくいのは、アメリカ・イギリス・オーストラリアなど、ネイティブの会話だという(語用を含めて、非ネイティブ同士の方が意思疎通がしやすい)。
個人的な考えをいえば 、ネイティブと同じ発音が「正しい」のではなく、”より多くの人に容易に理解できる発音”が「正しい」発音なのだ。自分と第一言語の違う他者に聞き取りにくいような癖は修正していくべきだが、それはネイティブ発音にあわせることとイコールではない。
日本では、英語の発音は10歳くらいまでにやらないと身に付かないから、英語の早期教育に賛成するという人が一定数いると思うけれど、私はその考え方には懐疑的。英語を語学として、コミュニケーションツールとして学ぶのであれば、「正しい」発音幻想は捨てていい。世界の人とコミュニケーションをするための通じる英語の発音は、早期教育をしなくてもいくらでも身に付く。そのこともふくめ、英語を学ぶことによって、どういう人とのどのようなコミュニケーションを目指していて、そのためにどのような英語を手に入れたいのか、ということを、もっとひとりひとりがフラットに考えるべき時なんじゃないかなと思う。


以上思ったことをつらつらと述べましたが、私は個人的にも、英語が(それなりに)話せることの恩恵を受けていると思うし、英語の重要性も、英語の楽しさも、そしてその他の外国語能力を手に入れることの重要性と楽しさも、同時にわかっていると思います。ことばを学ぶってことは、自分の存在のあり方を変えることでもあるから、小学校英語の問題についても、それぞれがもっと考えて、議論して余ることはないと思っています。


(*)(私は語学を教えるにあたって、他に別の仕事や生き甲斐を持った人が副業として教えるという形態が非常に貴重だという持論があります。もちろん語学教育の専門家も必要だし重要だと思うのですが、学生たちは語学教育を通して新しい世界をかいま見るわけだから、例えば普通の企業で働いているサラリーマンのひとや、普段は家の仕事で忙しいひとなど職業を他に持った人が、平日の一日や土曜の午前だけ小学校での課外授業を担当するようなしくみをつくるのがいいんじゃないかと思ってます。その意味で、私も副業として小学校英語教育に関われるように、J-SHINEの英語指導者の資格とTESOLの資格をとりました。自分はあまり地元のコミュニティに密着した幼少時代を送ってこなかったので、もし自分が新しい家庭を築いたら、地域の小学校などで英語の教育に関わっていきたいなあという夢があったりもします。以上蛇足でした。)
| | 12:39 | comments(0) | - |
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