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主体的で、安寧なるセックスのために。
アンアンのセックスできれいになれた?アンアンのセックスできれいになれた?


名作すぎて、5回くらい震えて1回号泣した。
号泣したのは、北原さんとこの間亡くなった飯島愛さんの関わりについて書かれた部分。
それは単に自殺してしまった飯島愛さんへのセンチメンタルな共感とかじゃなくて、セックスに対する女の悲しい思いを飯島さんが象徴していたように読み取った北原さんの、セックスに纏わる女の悲しさに対する寄り添い方に、ものすごく心打たれたから。


私は筆者の北原みのりさんより10つ年下で、かつてはオリーブとかJAPANとかを購読しているサブカル女子ではあったが、アンアンという雑誌については今までほとんど手に取ったことがなかったし、アンアンはいつもセックスや「どうやったらもてるのか?」についてばかり書いてあるつまらないマニュアル雑誌、というイメージしかもっていなかった。


そんな私はついこの間、生まれて初めてアンアンを購入した。
私の恋人が会社の人たちと一緒に、「”脈あり”かと思ったら全然違った!思わせぶりな男の心理とは」という企画で紙面に載っていたからだ。生まれて初めてかぶりつくように読んだアンアンはとても「興味深く」て思わず、アンアンすごいなあ、とツイッターでも呟いた。おもしろかったのは、自分が知っている人の意見を紙面で読んだってこと以上に、ここまで女に「もてること」や「愛されること」を求める雑誌と、それを読んでいるこの社会の女たちってなんなんだろう?と思ったのだ。



北原さんも後半で指摘しているような、「愛される女になることが大事」イデオロギーや「愛あるセックス至上主義」。

そして愛される女になるためには、いくつものマニュアルが存在する。複雑で(時にはすごく単純なところもある)、プライドが高く、地雷の多い男の子たちが、肉食系・草食系・文化系など様々なカテゴリーに分けられていて、それぞれに対してより効果的なアプローチがあり、彼らの求める女の子像がこれでもかというくらい詳細に提示される。やれこういう仕草にきゅんとくるだの、こういう状況ではこんな言葉をかけてほしいだの。


アンアンから私が感じた事は、読んでる女の子たちが全然主体的になれていないっていうこと。
希求する先が自分を中心とした憧れの世界じゃない。いつも参照枠があって、そこに照らし合わせながら自分の立ち位置を確認したり、男に通用する魅力を評価される世界。


私という女が中心で、女目線で書かれていたセックスから、男に愛され、認めてもらうためのセックスへ。
この本(北原みのり『アンアンのセックスできれいになれた?』)では、アンアンという雑誌の分析を通して、日本で女にとっての性のあり方やセックスがどういう風に変わっていったのかを分析し、提示している。





セックスは愛とつながるけれど、愛とつながらないこともある。
一時期センセーショナルな事件だった東電OL殺人事件の被害者は、殺されたのに「売春していたから」騒がれ、死んだあとも社会的にレイプされた。
愛とつながらないセックスをする女の子はビッチって言われる。男は言われないのに。


愛とつながらないことをすごく恐れている女の子たちがいて、それは身体にリスクがあるから。
怖いのは、妊娠したらどうしよう、ということ。それは男は絶対持つことのない(そして絶対にわからない)怖さだ。
生命を生み出すという奇跡をおこして、場合によってはそれを殺してしまわなければいけないということが自分の内部でおこるのは、はっきりいって半端ない。もし半端なくなんかなくて、堕ろしてもへっちゃら!っていう女の子がいるとしたら、それは自分が傷つかないように麻痺させているからだ。

愛あるセックス至上主義や「愛されるオンナになることが大事」イデオロギーは、この怖さによって加担され、そしてその怖さが愛=性の関係を正当化することで、女の子たちのセックスを「愛」という名前でとことん縛る。
大事にしてもらうために。愛されるために。セックスしても嫌われたり飽きられたりしないために。
愛っていう看板を掲げているだけ、何倍もタチの悪い、抑圧だ。


本来ならば、と思う。
自分のために体があって、それを男の人が愛してくれたら気持ちがいい。
ほめてくれて、夢中になってくれるような体でいたいと思うのは、そういう体であれば自分自身も自分のことを好きでいられるからだと思う。
でも愛あるセックス至上主義のせいで、自分を愛してくれるはずの男の反応や評価や視点を気にして、女の子たちがもがいているのだとしたら悲しすぎる。


私は目指す自分や好きな愛や性の形に自由でいて、そんな自由でいる自分を可愛いとか魅力的だと思ってくれる男の人と一緒にいたい。
究極のところで味方でいてくれるのならば、社会で言われているような女的な役割も性奴隷的プレイも、喜んでするのに。

私には「自由になりたい私、従属したい私」が共存していて、男という主体の中に収まりたい欲だって持っている。
でもそれは私の「趣味」だ。
それを社会的な雰囲気で当たり前のように押し付けられるなんて、ごめんだ、と思う。


アンアンのセックスできれいになれた?

女とセックスや、女の自由についてすごく興味があるのは、私が当事者であり、変革したくて、かつ自分はそれを変革する力を持っていると思っていて、そしてなにより自分は違うから、って言ってほおっておけないから。
私は何一つ違わないのだ。私は他の女の人を代弁できない。でもすべての女の物語は、私の中の何かを物語っている。

でも私は「〜の方法」「〜になるための7つの秘訣」的な本を嫌悪している。女対象の本の「〜」には、大抵「幸せ」や「愛」に関連するキーワードが入る。だからセックスと女に興味があっても、今まで手に取りたいと思った本はなかった。ツイッターで北原さんの存在を知り、読んだこの本の中では、こういうセックスをするのがいい!とか、幸せになるためのセックスをリードしない。ただアンアンというこんなにも存在感の大きい雑誌が提示してきた性とセックスのあり方や、それが象徴する社会の雰囲気を読み解いてくれていて、自分がセックスで感じていた喜びや痛みや、迷いがどういうことだったのかということを何度も何度も考えた。
そして気づいたのは、自分のその感情が、一人のものではないんだ、ってことだ。
社会とも、その時代の女たちともすごく密接につながっているのだ。

女の人にも、そして男の人にも読んでほしい本です。


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| | 04:58 | comments(2) | - |
コメント
岸田秀の「性的唯幻論序説」(文春新書)を読まれた事はありますか?
一時期話題になった「ものぐさ精神分析」の著者の本ですが、「女性=屈辱的な役割」という現象は生物学的に不自然な人間社会特有の現象であり、それがどうやって形作られたのか、について文明論的な見地から解説しています。
性行為に関する記述が多いのでちょっと気持ち悪くなりますが、ある程度自覚的な女性なら必ず感じるはずの性にまつわる違和感について非常に公平で明快な説明がなされているので、女性であれば読んでおいて損はないと思います。
(ちなみに文春文庫から改訂版も出ています。)


http://www.amazon.co.jp/%E6%80%A7%E7%9A%84%E5%94%AF%E5%B9%BB%E8%AB%96%E5%BA%8F%E8%AA%AC-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B2%B8%E7%94%B0-%E7%A7%80/dp/4166600494/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1315031992&sr=1-1
| hanako | 2011/09/03 4:25 PM |

hanako さま

本のおすすめありがとうございます。
早速アマゾンで注文しました。今日の晩には届くかと思います。
また読んで感じ入ったらブログに書きたいと思います。
| saereal | 2011/09/05 4:17 PM |
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