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自由になりたい私、従属したい私

南新宿リベンジ


私は自分がフェミニストなのかどうかわからなかった。
人によってはさえさんはフェミニストだと思った、という。
でもその理由は、男や男中心社会に対して批判的な事を言うからという理由だけだ。
フェミニズムを学問として人通り学んで来た人に言わせると、時々フェミっぽいことはいうけれど、ツイッターでの発言を総合して考えるとフェミニストではないように見えるという。

私は自分がどこにいるのか知りたかった。今まで体系立ててきちんと勉強したり本を読んだ事がなかったので、本をちゃんと読んでみようと思って本を買い漁った。ネットでフェミニズムなるものや様々な分派について調べてみて、直感的に一番私が同意できて読みやすいのは上野千鶴子だろう、と判断し、まず一人からコンプリートしたいたちなのでアマゾンで彼女の著作をいくつか買う。


今でもまだフェミニズムっていう地図の中で自分がどこにいるのかは分からないけれど、彼女の著作をいくつか読んで、彼女や本の中の対談相手のいう「フェミニズム」がなんなのかはちょっと分かった気がする。
そしてそれを構成するエッセンスのいくつかに対して、自分が同感するか、共感するか、同意するかをひとつひとつ考えた。


ツイッターをやっていると、自分の意見を140字にまとめる中で、そこに含まれた(隠された)意識をたくさんの人に推測されて、自分が気づかなかったことを気づかされたり、誤読する人がどうして誤読するのかを考えたりする。フェミはブス、というのもどうやら反フェミの中の定説で、私がブスかどうかを確かめたい人がいて仕方がないらしい。

この間、なでしこへの結婚フリに対して異議を唱えたツイートで闘争したときに、私にも質問してきた人いた。ところであなたブス?って。あのときは色んな人の目に触れた事で、私がいつも見ている(つまり興味があってフォローしている)良心的な人たちの言葉からはかけ離れた言葉をかけてくる人がたくさんいて、この程度のコメントには慣れていたけれど、世界はざらついた言葉で溢れているなあと思ったものだ。


でもこのコメントを貰った時の気持ちを後から分析して、自分で分かった。
「可愛い」を決めるのは私と半径2メートル以内の大事な人だから、腐れ外道が何を言っても痛くないんだ。
可愛いやおんな性を他人から規定されてきたけど、それを自分の手にいれようとしていたんだ。


私が「女」であることは私が決める。他の誰にも決められたくない。
存在証明は自分がする、という弱者の権利主張=自己決定権がフェミニズムだというのを上野千鶴子の本で読んだ。
たぶん、可愛いも一緒かもしれないと思う。



そして何か人の意見を批判するときに、「この人のこの発言はコンプレックスからきている」と分析することはなんて簡単で、そしてそういう批判や勘違いから生まれる闘争がいかに多いかっていうのを感じる。
また誰かが凹んでいたり荒れているときに「あの人は幸せじゃない。なぜなら私にはある幸せが、あの人にはないから」と考えるのも至極簡単。何故自分の規範で相手をはかるんだろう。
私はそういうのには誠心誠意反抗して生きたい。


みんなが特権を持ちたがっている。そしてそれを特権をだと思いたがっている。自分の幸せを絶対視したがっている。そんなこと、全然ないのに。人の幸せなんて、結局誰もわからないのに、と思う。家庭が崩壊してても、身体のどっかが足りなくても、幸せなことはたくさんある。だからこそ幸せなことだってある。私は本当に幸せイデオロギーを押し付けられる事がすごく苦手。


だからかな、「おめでとう」ってことばがあんまり好きじゃない。いってほしい人には言うけれど、自分に言われることには抵抗を感じる。誕生日、卒業した時、結婚した時、こどもができた時。誕生日は嬉しかったのか。おめでとうは単なる挨拶で、そこからプレゼントくれたりいっきコールくれたりケーキぶつけてくれたりしたから。それ意外は未遂も含めて、「おめでとう」は複雑だった。それよりも、私が幸せだよっていったら、良かったねって笑って欲しい。


上野 千鶴子,趙韓 惠浄,佐々木 典子,金 賛鎬
岩波書店
発売日:2004-07-06


上野 千鶴子,小倉 千加子
筑摩書房
発売日:2005-09-07






この『上野千鶴子に挑む』の中にあった論文は皆それぞれとても読み応えがあって、上野千鶴子の返信も含めてとても刺激的だったのだけど、今まで読んだ事のなかった男性学に関する論文がとても面白かった。

男性の自己省察としての男性学。
私の周りには、意外と自分のおとこ性について自覚的で、嘆いたり自己批判したり、私が恋人とうまくいかないときなんかに相談に乗ってくれる男友達が何人かいる。話をすると、その男(私の恋人)の気持ちがわかる、という一方で、それって男の悲しいサガでそれじゃだめなんだよね、っていって、今からそいつを殴りにいこうぜ!って言ってくれる。(もちろん実際殴りにいったりしないけど、そういう台詞は嬉しくない訳がない。)

そのうちの一人である友人たちが、こんなラジオをやっている。
二軍ラジオ(旧桃山ラジオ)

男が何を思っているか、というのと、その男たちが自分のおとこ性をどう自覚して、自分たち男にどんな評価を下しているか、というのが非常に面白い。

女性学とはその男性中心的な視点から女性を主体として奪い返す試みだった、という。
そして男性学とはその女性学の視点を通過したあとに、女性の目に映る男性の自画像を通じての、男性の自己省察である、と。
男も女も、単体として考えるのではなくて、相手にする他者=異性がいるから自分が成り立つんだと思う。

そしてそういう女や男っていう人たちも一枚岩じゃないから、私は他のどんな女も代弁できない。
そして誰にも代弁されたくないし、私の気持ちは私にしか分からない。そして、それでいい。


そんな中で、自分のことをかなりの近いところから理解してくれて、感覚を共有できる人って言うのは奇跡だと思う。例えば、食べるものの趣味がピンポイントでいくつも合うひとって、前世で同じ生物だったのかもしれない。ウミガメのころすれ違っただけとは思えない。


上野 千鶴子
日本放送出版協会
発売日:2010-04-22


研究者だから考えた事は売るけれど感じたことは売らない、と言っていた彼女が、感じたことをたくさん語った本。両親について、逆風に強いことをアダルトチルドレンと重ね合わせて書いたエッセイが一番好きだった。

以下はこれから読もうと思っている積読本。













会いたい人に会いたいっていう勇気は、会いたい度が真剣なときほど必要になる。

「勇気100%」を検索してたら、たまたまテゴマスのライブ曲を見つけて、ジャニーズへの免疫が下がっていたのか、感動してしまった。




君がいればそれだけで嬉しい系の歌、ピュアに女の子を想いたい男の子の歌って、そういう風に思われたい女子をつくりあげてきたのかもしれない。韓国のアイドルが歌う曲と、ジャニーズの歌うラブソングの歌詞は全然ちがうもんなあ。


そして気づいた。
そっか、ここにあるのは、包み込んでくれる優しさなんだ。だからみんな包み込んでもらえるサイズになろうとするんだ。

女の子はどういう自分になりたいんだろう。


私は自由でいたいと思う一方で、誰かの手のひらが十分に届き、それに慰められるような人間でありたいと思う。
それを従属と呼ぶのなら、私は自由になりたくて、かつ誰かの作った秩序と規範の中で、安住したい熱も持っているんだ。

| | 16:45 | comments(3) | - |
コメント
つい、最後まで読んじゃいました。それだけです。すいません。
| jtrickstar | 2011/07/27 7:03 PM |
さえ元気?
ツイッターやってなくって、知らせてくれたのにお返事もしていなくてごめんなさい!
さえに連絡とろうと思ってここ見に来たら日記おもしろくって!

色々共感したよ。結婚に対する憧れまったくないってところと、自分が女か自分で決めるってのと、幸せイデオロギー押し付けられるの苦手ってのと、「おめでとう」がやだっていうところとか!結構共感してるな私。

でね、要件なんだけど、同窓会するのよ。メールするね。アドレスを今から探します〜
| まりあ | 2011/08/31 11:57 AM |

>jtrickstarさま
末永くご愛読ください。

>まりあ
久しぶり☆同窓会かあ。今年はずっと日本にいるから、行ける可能性大だな!
アドレス、普通にsaerealにgmail.comつけて送ってくれれば届くよ。
楽しみにしてます。
| saereal | 2011/09/02 1:56 AM |
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