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大学の国際化とその争点。-『なぜ、国際教養大学で人材は育つのか』を読んで
なぜ、国際教養大学で人材は育つのか (祥伝社黄金文庫)なぜ、国際教養大学で人材は育つのか (祥伝社黄金文庫)


前半は主に国際教育大学の歴史や理念、取組の紹介。後半は当大学の学長である中嶋先生の高等教育に関する問題意識や提言に、国際教養大学の取り組みが重ねられ、論じられている。
「なぜ、国際教養大学で人材は育つのか」というタイトル通り、基本的には国際教養大学が何を成し遂げたか、という性質の本なのだが、大学の単純な紹介だけではなく、その取り組みをもとにして今日本の高等教育が抱えている問題がなんなのか、今後何を考えていかなければならないのかを中嶋先生の問題意識と主張がはっきり提示させられていて、日本の高等教育機関に所属するものとして考えさせられる内容だった。


国際教養大学の特色・革新的な点について挙げていた中で、特に興味深いと思ったのは次の6点。


⑴ 幅広い国際教養教育を学ぶことができる
・・・・人口学、比較文化学など多様な人文学・社会科学系の学問に加えて、物理や生物などの自然科学系科目、また華道や茶道など、日本の伝統芸能も学ぶことができる。韓国の民族史観高等学校でも、英語で授業を行う一方で民族の文化に関する教科を積極的に教えているが、それと共通するものを感じる。国際化している大学だからこそ、日本独自の文化を大事に継承していこうという取組だ。「ローカルなものはローカルに徹することによってグローバルになる」(p. 105) と書いているように、日本の文化、秋田という地方に根づいた民俗芸能もアピールポイントにしている。

⑵ 4年間でストレートに卒業する学生は50%
・・・・「入るのは難しく、でるのはたやすい」日本の他大学とは違う、らしい。成績をGPAで数値化し、成績の悪い学生は勧告を受け、規定値に達しなければ留年する。ハーバードでもその割合は50%程度という世界のトップ大学の例も挙げられている。

⑶ 図書館は24時間オープン
・・・・多くの学生がキャンパス内にある寮に住んでいるという状況の中で、夜中まで勉強できるようにという配慮。セキュリティなどを考えると、周りに繁華街などないキャンパスにあるからこそ実現可能なように思える。もし都市部に存在すれば、終電を逃した学生の宿泊場所になってしまう可能性もある。早稲田の22号館のコンピュータールーム(24時間オープン)のように。私は今研究室があるのでこうして夜な夜な学校に残ることができるが、もしこんな図書館があれば学生にしてみればありがたい限りである。

⑷ ギャップイヤー制度
・・・・3月に入学を決定してから実際に入学する9月まで、約半年のギャップイヤーを設け、その間に個人でボランティアや社会経験など好きなように研修を積み、その経験も単位として加算することができるシステム。

⑸ 大学教員は教育実績を評価する
・・・・いくら優れた研究者でも、教育者として優れているとは限らない。採用の際には教員の教育実績をもっとも重視し、模擬授業も行うとのこと。これはその通りで、優れた研究者と優れた教育者は似ているようで異なっている。もちろん両方いいのに越したことがないのだけれど、研究業績よりも教育業績を見るという方針はなかなか革新的だ。

⑹ 教員と職員との壁がない
・・・・国際教養大学ではとても優秀な職員をそろえており、従来のような教員が上で職員が下、というような上下関係はない、という。私には大学職員として働いている友人が何人かいるが、彼らに「教授は政治家、自分たち職員は官僚みたいなものだ」という話を何度か聞いたことがある。職員に対して命令調に話したり、偉そうにふるまう教授もいれば、一方で教授に対して卑屈になって、階級で表敬の度合いをコントロールするような職員がいたりもする。教員と職員が対等になるのは本当に理想的だと思うが、そのためには、優秀な職員をリクルートしなければならず、実際伝統のある大規模な大学では年功序列・終身雇用制度によって職員が守られていて、新しく採用された若い職員の人は優秀でも、当然と言えば当然だが、すべての職員の人たちが新しい大学の在り方に対応できるようなスペックを兼ねそろえているわけではない。



また日本の高等教育改革や、人材育成の観点から、全体を通して彼が主張している点で私が賛成するのは、以下の4点である。

① 英語の上達のカギは単語力と勇気
・・・恐れずにどんどん発言すること。日本で言う「沈黙は金」は、海外では「沈黙は無能」である。

② 複言語主義
・・・ヨーロッパで実践されている母語+2言語は日本人にも可能である。「特に日本語+英語+アジアの言語は言語の世界を広げるためにもぜひ取り組んでほしい試み」(p.137) と述べられている。今後の地域戦略上も、アジア言語がより重要性を増してくるのは間違いないだろうし、英語+@の価値は今後どんどん上がっていくだろう。

③ 高等教育機関が国家戦略の一部を担う
・・・アフリカで資源外交を積極的に行っている中国が、アフリカからの留学生を中国の大学にたくさん受け入れ始めていることなどの例が挙げられている。

④ 世界を相手にする企業における、社内の英語公用化は望ましい
・・・・英語公用化について、当然この方針には様々な反論があり、「仕事ができないのに英語ができる人間ばかり重宝される」という懸念は、今後企業一つ一つの決断とせずに、社会全体で考えていかなければいけない問題だ。
語学力は目に見える形で明らかに人間をランク付けする。
誰が誰かより英語能力がある、ない、というのは話してみれば本人にも相手にも、明確に分かってしまう。


【英語はいまだ、特権】
そもそも英語という資本を持っている人間は、現在の日本の教育システムの中では、インターナショナルスクールや私立に通うことができて、英語に触れる機会が他の人より多かったり、シャドーエデュケーション(塾など)を受けるだけの経済的資本を持っている家庭に育っていたり、両親のうちどちかの仕事で海外に赴任していたりなど、小さなころから英語に触れる機会を得ていた人間である。小さな頃から無料の動画サイトなどを使って勉強していたり、独日本で普通の公立校にいながら独学で英語能力を上達させてきた学生も中にはいるだろう。しかしそれは現在を見る限り、ほんの一部の人びとに過ぎない。日本社会において、「英語力」は今でも社会的・環境的特権なのだ。


今の状況のまま、理想ばかり追い求めて日本語+2言語や、社内での英語公用化を進めるとしたら、もともと英語資本や外国語学習を可能とする資本を持っている人間を資するためだけの仕組みになってしまう。


その点、大学教育で英語を徹底的にトレーニングし、社会で使えるツールとしてから卒業させる、という教育を実践している国際教養大学は、もっと評価され、いい点でも悪い点でも参照されるべきだ。同時に「国際化」を大学の一方針として挙げ、グローバル教育に力を入れている(私も通う早稲田も含めた)他のリーディング大学も、学生を卒業するまでにどう育てるか、再考する必要があると思う。大学4年間のうちに大学が学生に対して提供できることはたくさんある。多くの学生にとって、大学の就職活動までの3年間が長い夏休みになってしまっているのは否定しがたい事実であり、もちろん学生の側にも責任はあるのだが、学生が遊んでいても卒業できる、というのは明らかに教育システムに問題があるといえるだろう。



【英語を教授媒介言語とした大学プログラムが抱える問題点】
上記のことに関連して、この本にもう少し含めてほしかったのは、国際教養大学が抱えている現在の問題も提示である。この本の主旨上、それができなかったのであれば、学長には今後講演会やウェブなどで、開校から6年たち、現在抱えている悩みや問題点、その原因などを分析して今後の課題を示してほしい。それらは今後、このような取り組みをあたらに始めようとする大学にも役立つだろうし、現在首都圏で国際化を図る数多くの大学にとっても、良い指針になるのではないかと思う。


懸念になったことの一つは、海外からの留学生の質である。
この本によれば、国際教養大学には海外からの留学生が100人ほどいて、アメリカ人38人、イギリス人8人、都心部の大学では多い中国人・韓国人・台湾人の留学生がどれも一桁台だという。早稲田ではよく、アジア圏からの留学生には比較的優秀な人が集まるが、西洋諸国、特に英語圏からわざわざ早稲田で英語プログラムに入る学生は、いわゆるエリート学生ではない、といわれている。

当然大学としては優秀な学生を集めたいのであるが、わざわざ日本にまで来て自分のネイティブの言語で勉強し、明らかにネイティブの環境よりは英語能力の落ちる教授陣・学生たちと勉強するという英語圏の学生たちが、英語で行われるプログラムを選んだ理由は何なのか。そこにポジティブな理由がたくさんがあれば、日本のソフトパワーを誇ることができるが、ネガティブな理由にも目をむけなければならない。「自分の言語である意味『楽』に勉強できますし、異文化体験もできますよ」程度の理由ではなく、日本でなければならない・日本でしか得られない確固とした何かをアピールできなければ、今後優秀な学生を集めるのは難しいだろう。


二つ目は、入学スクリーニングの段階で、英語の選考基準がどんどんあがるにつれ、英語が特権的にできる人(小さな頃からインターナショナルスクールに通えるような豊かな家庭の学生や、帰国子女など)のためのニッチ産業になってしまう可能性があることである。「とにかく英語ができる人」が有利になってしまうような入学選定では、他の大学には入れないけれども、英語力だけが飛びぬけている人をセレクトする可能性も出てくる。英語が得意な人が入れば、当然他の学生の英語学習に対する向上心を産む可能性もあるかもしれないが、特権者がトップにたつというゆがんだヒエラルキーを築いてしまう可能性もあるのではないか。実際この本の中でも、入学当初からTOEFL550点以上を持っている生徒も少なくなく、中にはおかしな優越感を持っている生徒もいる(p.174) と指摘がある。


英語ができる人の中には、海外(特にアメリカ)で中等教育を受けていたり、東南アジアのインターナショナルスクールでアメリカ式・イギリス式の教育を受けた層がいて、普通に日本で暮らし、それなりに英語をがんばってきた人との間には明らかな英語能力の差異が生まれてしまう。英語をがんばってきた人たちは、ネイティブ並みに話せる層を必要以上に羨ましがったりもする。同時に英語力は議論力でもあり、成績にも関わってくるので、大学に入ってからさらに英語力を伸ばすことを応援するシステムを作らないと、入学当時にある英語能力の差はゆがんだヒエラルキーとなって定着し、ネイティブ信仰や英語圏への精神的従属が生まれたりもする可能性もあると考える。


できれば入学当時の英語力はそれほど飛び抜けて高くなくても、英語を頑張る意欲のある学生を伸ばし、彼らが議論の場でも活躍できる存在になる方が、学生の健全なモチベーション・やる気を産むだろう。もともと英語を得意とする学生が当たり前のようにヒエラルキーのトップに君臨するようにならないために、英語資本がゼロの人間にどう英語という資本を持たせるか、というトレーニングの点にもっと重点が置かれるべきだと思う。







最近日本の就職活動がどんどん早まり、新卒ばかりが尊重され、留年したり新卒以外の学生に多くの就職のチャンスを与えないことが問題になっていおり、政界・財界・学術界で様々な議論がなされている。就職の問題に関しては、もちろん企業や国家にも改革すべき点があるだろうが、実は学生送り出しのイニシアチブを持っているのは大学なのであり、日本の就職活動の問題点を解決するために大学側が根本的な改革を打ち出すのことも必要になってくるだろう。


この問題に関して、この間上智大学で「東アジアにおける高等教育国際化の新展開と相互理解」シンポジウムが開かれた際に、あとの飲み会で北村友人先生(上智大学)が、これらの就職問題を解決するための日本の高等教育の抜本的改革として、1、完全鬩スター制 2、一単位ごとの授業料徴収 3、ギャップイヤー の3つを挙げ、この3点を省庁で話し合いがあるたびに訴えている、とおっしゃっていた。この点については、後日もう一度書いてみたいと思う。


東アジアにおける高等教育国際化の新展開と相互理解


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