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賛美歌と刷り込みと、私学の一貫校のこと。

私は賛美歌が好きである。自分の中の賛美歌ブームは3〜6ヶ月に一回くらいの割合で突然やってくる。
たいてい午前様な帰り道、帰りの自転車ではたいてい独り言を言ったり、勝手に英語のプレゼン練習をしたりしてるのだけど(寒くて揺れるので、歌は歌えない。ぶれるから)そのときに賛美歌がぽーっとあがってくることがあるのだ。


好きな賛美歌ベスト10 日本基督教団 讃美歌委員会 (1954年版)による
(賛美歌の番号が入っていないのは覚えていなくて、かつこの年度版で何番か調べがつかなかったもの。)

7 主の御稜威と
94 久しく待ちにし
194 栄えにみちたる 神の都は
234 昔主イェスの蒔きたまいし
338 主よおわりまでつかえまつらん
452 ただしくきよくあらまし
453 聞けや愛の言葉を 諸国人らの
467 思えば昔イェス君 幼子をあつめ
神ともにいまして
ここの神のみくになれば

あと、横浜英和友達は覚えているだろうけど、「うるわしの白百合」と「さやかに星はきらめき」はブリテンホールの合唱コンクールで歌ったから、否応無しに大好き。アルトパートも歌えてしまう。
「神ともにいまして」と「主よ終わりまでつかえまつらん」は卒業ソング、もしくは誰かがなくなったときに歌った記憶があるので、どうもセンチメンタルな気分になる。賛美歌サイトでは、作曲者含め様々な情報が載っていて、今更みて成る程ーと思うこともたくさんある。例えば「栄えにみちたる神の都は」って元々クロアチア民謡だった、とある。今はドイツ国歌で、ワールドカップなんかで流れるたびについ口ずさんでしまう。

さらに、ロード・オブ・ザ・リングのテーマソングは、途中まで「ここも神の御国なれば」にそっくりなのだ。

賛美歌90番「ここも神のみくになれば」


The Lord of the Rings Soundtrack with orchestra (2:10あたりから)


14年間、物心ついた小さい頃から、毎日30分近くを礼拝に費やし、毎日歌っていた賛美歌は、おそらくどの学校の効果よりも身に沁みて残っていて、よく歌っていた賛美歌は3番までそらで歌える。小学校低学年の頃は「空の鳥は小さくとも」とか「慈しみ深き」とか「ひかりひかり」とか、こどもさんびかにできてた曲を歌って、中学になってからいわゆる「大人賛美歌」を歌えるようになった。賛美歌を好きになったのは、「大人賛美歌」になってからだと思う。


日本にはたくさんのカソリック・プロテスタント系学校がある。かつて宣教師が作った学校たちだ。私は幼稚園から中学校まで横浜英和、高校は青山学院で、計14年間プロテスタント系の学校に通ったことになる。どちらも100年くらいの歴史があって、伝統的なキリスト教主義の学校として知られている。しかし、殆どの学生はクリスチャンではなかったし、在学中にクリスチャンになった人間も殆どいない。


しかしそういったキリスト教系の学校で過ごした経験や刷り込みは、もしかしたら年代を経て、後からフラッシュバックのように戻ってくるのかもしれないと思った。私の中に残る賛美歌の記憶や懐かしさ、安心感は甚大で、友達や学校の校舎といったリアルな記憶とつながっているから、宗教的なものに対する抵抗やバリアなしに体に入ってくる気がする。卒業して、時が経って、でも時々ふっと思い出す。思い出して口ずさみ、懐かしく思うこと、それは直接信仰には結びつかないのだけれど、賛美歌の記憶はあまりに小さなころから刷り込まれたものだから、きっと晩年にまで残るだろう。そして晩年になって、寂しいと思ったときに、賛美歌を口ずさんで思い出して抱く安心感が、自分を教会に向かわせたり、そこから信仰に向かったりするのだろうか、と疑問に思う。

キリスト教系学校が行う教育のインパクトは、もしかしたらすごく後に出てくるのかもしれない。

日本基督教団讃美歌委員会
日本基督教団出版局
発売日:1994-12



賛美歌買っちゃった。私が高校時代に使ってた賛美歌は、卒業式の日に当時自分が大事だと思っていた場所に置いて来た。




私は中学まで横浜英和でエスカレーター式にあがって、高校で青山学院を受験して移って、横浜英和にしてみたら外部受験という悪い風習を作ってしまった学生だ。私立の一貫校は、首都圏に限って言えば、それほど(いわゆる)偏差値の低くない学校が多いだからあえて外に出ようとする人は少ない。なによりエスカレーターでそのまま上に上がる人がいっぱいいるなかで、受験勉強するのは結構根性がいる。落ちても戻れない。そういうリスクから、一貫校にいるとそこに安住してしまうし、安住することができるのだ。

一貫校の先生たちも、ずっと自分たちが面倒をみる、という意識も高い先生が多いのかもしれない。私が外に出る時、最後まで嫌みを言われ続けたのは、今まで散々目をかけてやったのに、突然同じようなキリスト教主義でエスカレーター式の他の私学を受けて、その理由がもっとレベルの高いところに行きたいということだったことが、生意気で身の程知らずに思えたのかもしれない。実際「勉強できるだけが人生じゃないぞ」とかとんちんかんなことを言われたし。(高校からの私を知っている人は、私がいわゆる学校秀才じゃないことはすぐに分かるだろうし、大学の友達も、私が勉強の「できる」やまじめで成績の良い生徒というものからかけ離れていることをよく知っていると思う。)

その一貫校の記憶を辿ってみると、後になって改めて気づいたことだけれど、両親のうちどちらかが日本国籍じゃない子も結構いたと思う。当時はそんなこと全く気にしていなかったし、ちょっと肌の色が違ったり、顔つきがエキゾチックだったり、両親の参観日にくる時日本語ではない言語が聞こえたりしたことがあったけど、だからといってそれを原因にしたいじめはなかったし、影でこそこそなにかをいう、ってこともなかったと思う。一方で、親たちのレベルでは、結構噂話的なものがあったようだ。韓国籍のおかあさんたちが、彼女たちだけで固まったり、外交官とか海外赴任が多い家庭のお母さんたちもそういう風に固まっていた気がする。母親レベルでは同じような環境の人々で群れる。


今思えば、ともすればいじめの対象になってしまう親の国籍や、障害といった属性を持ったこどもがいて、いじめられないために、(比較的)「いいところ」の子どもが集まっていて、先生も面倒見が良いであろう一貫校を選ぶ、という意識は、両親の側には少なからずあったような気がする。公立よりは先生の目が行き届いて面倒見がいいだろう。野方図に見える公立にいかせるのが怖いという防衛本能が。

すべての家庭にはそれぞれ色んな問題を抱えていて。それを表には出さないだけで、よう言わないだけで。
ステレオタイプで国民を判断することよりも、ステレオタイプで家庭事情を判断する方がより、残酷な気がする。

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