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英語力について
AERA English (アエラ・イングリッシュ) 2010年 12月号 [雑誌]AERA English (アエラ・イングリッシュ) 2010年 12月号 [雑誌]

AERA Englishが「韓国人の英語力」というすごい(気持ち悪い)特集をしていた。気持ち悪いと思った点はあとで書くことにして、内容は韓国の大学生にインタビューをし、どうやってTOEIC900点を取ったかのレポが巻頭に。ほかにも、韓国の高校のうち、英語を媒介言語とした教育をして、アメリカの有名大学に多くの留学生を送り込み、国際化と韓国国民としての民族的誇りと伝統の堅持を教育理念にもつ民族史観学校の取り組み、幼児からの英語イマージョン教育、江南地区の加熱競争など、韓国の英語熱に関する社会現象をカバーしている。同じようなことを修士論文のときに書いていたので、興味深くは読んでいたのだけれど、この特集の気持ち悪さは、その問題点とか日本への示唆という視点が欠如していて、ただ単に英語がうまくなろうイデオロギーだけで書かれているところ。

私は正直、英語狂いの社会に生きる韓国人学生を可哀そうだと思う。いい会社に入るために900点以上を求められて、巻頭のインタビューでは、韓国社会ではそれほど「名門」と見なされていない大学の学生が950点をとってもまだ低い、と言っていた。この競争は、所属大学の名声度や、大学での成績、インターンシップ経験、そういうものも全部加味された上で、世界的に有名な会社に入れるかどうかが決まるので、ほかの点で会社に自分を売り込めるようなスペックがなければ、できるだけ満点に近い点数を取るしかないのだ。そして「いい会社」に入りたい学生は990点を目指す。それでもそんな人はたくさんいる。でもそれが一つの条件になっているから、まずはその条件をクリアするために必死で頑張る。学部生で900点以上を取るのは、それなりの勉強時間もかかるだろう。日本人の学生は、その時間、自分の好きな活動をして、会社の人もその活動でどんなことを頑張ったのかを見る。中には英語を頑張った、という学生もいるかもしれないし、それを一つのプラス要因として見せる人もいるが、殆どの会社は英語力をそれほど重視していない。

私はうちの研究科にいる韓国人の友達の内何人かを、それはそれはリスペクトしてる。それは英語ができるからじゃなくて、マルチリンガルだからだ。帰国子女でもなく、それほど長い留学経験がある訳でもない。でも日本にきて2年やそこらで日本語で学術論文を書けるくらいまで勉強して、英語で発表して議論して、自分の研究分野の言語(例えば中国語やロシア語やフランス語)もアカデミックな文章が読めるくらいできる。そういう4カ国語話者の韓国の友人を、私の研究科の中だけでも3人知っている。英語力の競争が激しい韓国で、もう英語ができるのは当たり前。修士・博士の学位を日本で取るのは、アメリカ学位を重要視する韓国社会においては、それほどのプラス要因にならない。むしろ、同じ時間をアメリカで過ごし、アメリカの学位をとってアメリカの「ネイティブみたいな、いい発音」を手に入れる方が韓国社会では高く認知されるから、自分はマルチリンガルで勝負、と思っているのだろう。彼女たちは、日本に来たんだからこれくらいできないと、などと言う。それを自分ですごいと思っている様子など微塵もなく、むしろ「このままだとやばい、もっと頑張らないと」と思っている。

私が韓国で教えていた生徒で、今正規学生として早稲田の学部にいる子たちも、軍隊に行ってる男の子を除き、早稲田の交換留学制度を使ってアメリカやイギリスに留学しているようだ。留学先から留学する、そんなのも当たり前。「日本語だけ」できても、韓国に戻っても仕事を見つけるのが難しいからだという。

私はとあるインターンに応募する際に、高い英語力の証明が求められたのでTOEICを受けて975点を持ってるけど、はっきり言ってTOEICは英語の実力を表すという点について意味がないと思っている。TOEICを受けることが英語力をあげることでもないし、その人の英語力を証明するのがTOEICでもない。英語力があがって、その結果としてTOEICを受けた際に、運がよければ(試験中に途中で嫌気がさしたりせず、集中が続けば)いい点に現れるだろうし、実際英語能力があがるにしたがって、TOEICの英語は対して難しくなく思えてくる。試験自体に集中力も必要としなくなるし、精神的にも負担でなくなる。だから点数が上がる。そういう意味での証明のひとつとしてTOEICは便利だ、というだけだ。

TOEICみたいに点数ででるものは、実際語学の勉強をする際にいいモチベーションになるけれど、TOEICが羅針盤のひとつじゃなくて英語能力を上げる、という目的になっているとしたら悲しいことだ。しかも面白いことに、TOEIC試験は、実際に会話ができなかったり、映画の聞き取りができなくても、必死でテキストを勉強してTOEIC形式に慣れれば、それなりに点数もあがっていく。900点以上とっても英語をはなせない人はいっぱいいる、と韓国で話を聞いた学生が何人も言っていたけど、そりゃそうだ。英語力があればTOEICの点数はそれなりにあがる。しかしその逆はいつも真実ではない。だから高い点数をとっても、自分が満足するだけで実際の生活において意味なんてない、と思った。

もう一つ、こういった英語をうまくなろうイデオロギーで気持ち悪いのは、一貫としたネイティブ信仰。かつ、一番苦手なのは、「いい発音」=ネイティブの発音という考え方だ。人の英語力を評価する上で、どれだけネイティブっぽい発音(主にアメリカ発音をさす)をするか、で評価しているのは、特に韓国でその傾向が強い。英語でちゃんとした議論もできないのに、やたらネイティブ文化圏の行動様式だけ身に付けて、それを自慢げに振り回しているのも気持ち悪いし、日本人でよくいるのは、やたらとアメリカ発音っぽくしようと、アール発音を強調する人。聞いてて疲れるんだよなあ。

一方で、私の知り合いで、国際機関で働いている日本人が何人かいて、中でとても癖の強い日本語アクセントの入った英語、もしくは日本人特有の英語発音に拍車をかけたような英語を話す人がいる。それでも、英語はツールだから伝われば良い、日本人は日本人らしく胸を張って日本語的英語を話せば良い、という人もいるだろう。私はこっちにも賛同しかねる。だってその人の発音は、正直日本人の私が聞いていても聞きづらいし、聞くのが疲れるのだ。

過剰なネイティブ信仰も嫌だけど、癖のある自国語発音の混じった英語を正当化して、その聞き取りを相手に強制するのもおかしい。違う第一言語を持つ人に取って、日本語の癖の入った英語は負担になるから。英語が意思疎通の媒介言語であるならば、誰にとっても分かりやすい、聞き取りやすい英語を話すように、すくなくとも「努力する」、という姿勢が大事だと思う。俺は私はこれでもいいんだ、というのは一番かっこわるいしたちが悪い。

私はよく特にアジア圏の人と話していて、発音がいいと誉められるけれど、それはおそらく日本人の癖がそれほど強くなくて分かりやすい、という褒め言葉だと理解している。いわゆるネイティブ発音、とは違うし、ネイティブ圏の留学経験もない。おそらく聞き取りやすいのは、英語を吸収したのが旅だったり、大学院でのディスカッションだったり、つまり非ネイティブ同士の会話だったから、使っている構文が単純明確で、発音も色んな国の発音が混ざった結果ニュートラルになり、特定の文化背景を背負ったスラングが入らないからだと思う。ちなみにRとLの発音は未だに微妙だし、さっきも言ったけど冠詞とか時制とかはめちゃくちゃだけど、相手は理解してくれる。だって非ネイティブの人は、基本的にみんなそれほど正確さを意識していないから。


言語は好きだけど、英語にそれほど惹かれないのは、英語が背負う文化的バックグラウンドに、例えば韓国語や中国語に持っているほどの興味を覚えていないからだと思う。私がハリーポッターに嵌ったのも、おそらく生まれて初めて、イギリス英語という言葉が表象する一つの世界観や、ものの名前、コミュニケーション方法なんかを面白いなあと思ったからだ。私の音の好みはちょっと変わっているかもしれないが、フランス語には正直音として惹かれない一方で、世界一エロくてセクシーな言語は広東語だと思っている。香港音楽が好きなのも、その多くが広東語の音にぐっとくるからだ。


英語が社会的上昇のマストではないという状況は、日本だからあり得たことで、日本人学生はその状況をもっと自覚し感謝すべきだ。でもそれはイコール、その日本的島国空間に安住してもいいってことじゃない。

英語がマストでなくていいなと思うのは、英語がすごくできる人がいてもいいし、そのほかの言語がすごくできる人がいてもいいという点だ。

日本にはもっと色んな言語を学ぶ人がたくさんいていいと思う。今後の経済活動を考えて、アジア言語に力を入れるのは勿論、とりあえず「全員英語はマスト!」という条件を突きつけられることなく、世界の色んな言語を学べるなんて、なんて自由なんだ。
マルチリンガルはいた方がいいけど、みんながマルチリンガルになるのは難しい。マルチリンガルになれるのは、いい教育的資本を持った中産階級以上の人間だけだし、裏返していえば、教育の恩恵を受けたエリートの使命だと思う。

「英語力について 2」に続く。

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| | 14:33 | comments(2) | trackbacks(0) |
コメント
セクシーかどうかは判断できないが
広東語が世界の言語の中で一番響きがよくて好きです
香港の友人に読んでもらった杜甫や李白の響きも
香港の歌手の広東語の歌も好きです。
| samandabadra | 2010/11/23 6:31 PM |

本当ですか。同調者がいて嬉しいです。
中には音が攻撃的だから苦手、って言う人にも会ったことがあるので
本当に個人的趣味ですけど、私にとって好きな音か苦手な音かっていうのは、
エロいかどうか(←当然是も個人的嗜好ですが・・・)にかかってます。

で、広東語はエロい。香港スターは広東語での映画に出てるときは断然かっこ良く見えます。北京語と混ぜて話してくれるとよりドキドキ度が増します。笑
| saereal | 2010/11/23 7:47 PM |
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