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0724、愛のおとしまえと、好きな人。


最近愛フォンに変えました。
予約してた4が届いて、今までやっていたガジェット3つ持ち(携帯、ポケットwifi、愛タッチ)から解放された。
アドレス変更で3日間くらいかけていろんな人と連絡を取ってた。
こういう機会じゃないと、なかなか連絡が取れない人もいて、
それをきっかけに、今度またあのメンバーで飲もう!なんていうのもいくつかあって、それがすごくうれしい。
昨日はもるり、今日はともきと再会して、来週末は10年来の旅友達、コタオのダイビング仲間、それから神戸に行って、上田、野中あたりに会ってくる。



いっぱいいろんな人に好かれ、相手にされ、その恩恵も十分受けてきた一方で、ちゃんと落とし前も受けてきた。
人に大事にされるっていうのは、そのぶん自分が何かを抱えるってことだ。
そしてここまで分析できているのに、実行に移せないっていうのは
まったくもって私の不徳のなすところであり、今後の目標である。


当たり前かもしれないけど、なかなか体現できなかったこと。
誰かを好きになるときに、いつも受身の体勢から入っていたことに気づく。
誰かに好かれて、その人を好きになれるかどうか、
そこでは、自然に好きになるというより、意思が存在する。
この人が思ってくれているように、私も大事にしなきゃ。そう思ってた。
思いこみで誰かを好きになっている方が、自分が納得している分、
自分の素直な感情に正直でいられるんだと思う。

自分がこうすべきなんだ、と信じ込ませていた分、
その方向転換をするには感情だけじゃなくて、理由が必要だった。
いつか、それが恋愛だったのか、ファンクションだったのか分からなくなって、
胸が痛い理由も、何が痛いのかわからなくなってきてしまったのだ。

それでも恋愛には秘密性が存在する。私だけが知ってるとこ。
たとえどんなに周りが何を言っても、なかなか離れられない何か。
それを信じること。
そして圧倒的な味方になって、認めて、受け入れる。
自分がしてほしかった3つのことを、自分が相手にしたいって思ってたけど、
そうやってまず頭で考え、自分を律し、うまくいかないことに不安になりなったりしてた時点で、
私の中で恋愛じゃなくなっていたのかもしれない。

自分の身近な人のほうがよっぽど、私のことをよく見てる、と思う。
一人でこうやって取りとめもないこと考えて、アップダウンする私を達観する友人が何人か周りにいて、
中途半端な慰めも、私を救うための相手への罵倒もしない。
けれど、何をやっているんだ、という。
馬鹿げたことをするな、最初からわかってたでしょ?っていう。
最初からはわかってなかったよ。だって私は渦中の人で、よくも悪くも嶋内佐絵から逃れられないんだもん。

でもそういう嶋内佐絵枠を、時々は壊したり、
上から眺めたりできるようになるのが私の目指すところであって、
でもその過程で、自分とかかわってきたたくさんの人たちのことを否定したり、踏み台にしたり、排除しないで生きていけるようになろうと思う。

というのが、7月24日時点における、今回の教訓。



量からお釈迦様の話を聞いて納得。
私は滅ぼされるシャカ族の側にはいたくない。
私が谷間谷間で量と会っていることをブログに書くせいで、
彼の信奉者からメールが来るらしい。
量は私の運命の人であり(21歳の誕生日にカトマンズであった。何度も言うけどあの頃は竹野内豊だった。)、節目節目で底上げしてくれる、大事な友達なのだ。

今日はともき相手に自己確認みたいなことをして、
時々名前を呼び間違えるという最低なことをしながら、私は自分の洗脳具合を呪った。



若者よ、マルクスを読もう (20歳代の模索と情熱)若者よ、マルクスを読もう (20歳代の模索と情熱)

高校生にもわかるように書かれたマルクスの案内書ということで、
5年くらい前に佐藤優にはまったころからずっと気になってはいたけれどきちんと読めていなかったマルクスの思想を、なんとなくだけれども大事なところを理解できた気がする。
史的唯物史観も、毛沢東の人民公社構想の根源も、「類的存在」も、今までいろんな本で触れてはきたけれど、この本を読んでみて初めて腑に落ちた。

何より、全共闘時代の代々木の人(共産主義者)である石川康宏さんと、反代々木の人である内田樹さんの書いているのが面白い。
内田先生のブログに書かれている通り、考え方や立場の全く違った二人が、同じマルクスという人に対してどんな解釈をくわえ、どんな対話をしているか。二人の取り上げるポイントは全く違う。

石川先生は、ものすごくマルクスを一生懸命読み込んで、彼の思想を体系的に教えてくれる。
内田先生は、「イデオロギーやドクサを遡及的に吟味する「装置」を備えていない人間は「批評的」とは言えない」と言っているように、マルクスが与える額縁をそれぞれひっぱりあげて、それをわかりやすい言葉に還元して読者に提示してくれている。

現実世界を見るときの材料としてのマルクスの活用。
マルクスは、今の自分の問題を解決してくれない。けれども、マルクスを読むと、自分の問題を自分の手で解決しなければいけないということが分かる。

マルクスのしてくれた教育は、そういうことのようです。

【ブログ】内田樹の研究室
「マルクス本を書いています」(2010年2月14日エントリー)
http://blog.tatsuru.com/2010/02/14_1155.php



最近、一人でいるときによく口ずさむ曲。
このライブ、もともととても歌のうまい人なのだけれど、緊張で声が震えているし、声もちゃんと出ていない。
すごいの2番目のAメロの初めて、彼の手にトンボが止まる。
それからの彼は、ちょっと達観したかっこよさを見せる。
トンボが止まって、それに微笑むことのできる自分にたぶん安心したんだと思う。2番目以降の彼は、とても声も伸びてるし、うまく歌えてる。

なんとか人ぽい顔、というのは存在すると思う。
そしてこの人の顔はとても韓国!を連想させる顔。前に付き合っていた韓国の男の子に似てるからか。その時も、嗚呼、この子は韓国の時代劇に出てきそう(しかも両班役で)と思っていた。



Tei (테이) - Same Pillow (같은 베개) live at High1 Cool Summer Concert - 2009.08.01

While Tei was singing, a dragonly flew in and rested on his finger and stayed there until even after he finished his song! See how Tei sang and played with this very daring dragonfly! A very cute performance.



今日は大好きな人の命日なのだった。
龍さん。
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