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ソウルで出会った

ばたばたと韓国にいってばたばたとキムチと一緒に帰ってきました。

今回は(というか今回も)、昔働いていた学院の近くに住んでいる、はるみ先生邸に泊まった。
はるみ先生は私より10つも年上なのに、いつも私を対等に扱ってくれて、自分の環境をエンジョイして生きている感じがすごくすがすがしい先生。
今回は、ぽにょ、のいっぱい置いてある部屋を使わせてもらって、すごく快適な生活ができた。本当にかむさはむにだ。
先生となんぴょん様の会話を聞いて、結婚して5年たっても、こういう風に会話をできるのはすごいな、すごいな、と思ってしまった。

私が性格的にいつも内向きのベクトルで話してしまうのに比べ、
はるみ先生はいつも外向きのベクトルで離している。その違いは、きっと社会適応力に大きな影響をもっているんだろうなあと思う。
それにしてもはるみ先生の名前に漢字があるということに、会って4年目にして初めて知りました。





実は学会中にちょっと事件があって、今回の旅は楽しいReunion韓国☆というわけではなかったのである。(次の日記参照)
しかし正直そんな「心が暗い」状態のときに、
ちょうどGSAPSの同期で今ソウル大学でなぜか二度目の修士を終わらせようとしているしょーんが迎えに来てくれて、一緒に落星デ(漢字で書くとすごくロマンチックな地名)のさむぎょぷさるを食べに行った。


ひたすら焼いたキムチばっかり食べながら、
今となってはなんだか何を話していたのか覚えていないけれど、
しょーんが私が実は落ち込んでいることを明らかに悟っていた一方で、それを私は隠そうとして、ひたすらなんだか他愛もないことを話そうとしていた。(中国の一人っ子政策についてとか)

一方でしょーんは、慰めようとするようなことを言おうとしたり、気楽にいけよ、的なコメントをしてくれていたんだけれど、何回か、ちょっと優しげなコメントを聞くたびに、自分の中の泣きだしたい波が盛り上がって、ここでちょっと気を緩めたらそのまま号泣して、肉の山の向こうにいるしょーんの立場を危うくしそうだった。

むろん、私が取り乱したとしても周りを全く気にしないタイプの彼はきっと、くせの強い韓国語を駆使して、でっかい声で「しんぎょんすじまるごー、うるじまるごー、くにゃんちぇみいっけさらやじー」、くらいは言うだろうと想像したけど、そのときはお肉をしょーんがおごってくれて、今までまったくかっこいいとはかけ離れた存在だった彼が始めておっぱ的行動をしてくれたことに感動し、すこし気分が明るくなったのだった。
そのあとカラオケに行った。

カラオケでは結局サービスもいれて1時間半、歌いまくった。
「えいんいっそよ」も「さらんあね」も「みうぉどたしはんぼんまん」も「よじゃいにか」も「きるこるむ」も「ちゅおくんさらんうるたるま」も、私の十八番は全部うたったし、「I believe」も中国語版と韓国語版両方とも歌った。中国語曲はほかのところにもましてあまり新しいのがなくて、傑倫王子のは2番目のアルバムの曲しか入っていなかったので、とりあえずしょーんに「開不了口」を歌ってもらおうとしたら知らなかった(大ショック)ので、結局私が歌った。光良の「第一次」とあたしの大好きな「至少還有Ni」があったから、それも。しょーんが歌う歌は全然知らない。やっぱり大陸の音楽あんまり知らないんだなあ、と思った。でもしょーんは阿杜もDavid Taoも知らない。香港の歌手はさすがに結構知っていた。でもしょーんの歌う張学友の歌はついていけない。大陸の人は普段、何を聞いてるんだろう?
日本語のは、「つぐない」(古い・・・)と「ハナミズキ」という韓国カラオケでは唯一得意な日本の歌。だって日本のカラオケで歌うような曲が全然入っていないんだもの。


本当に、しょーんは絶対ここ見てないけど、ありがとう、と思ってます。
二人の語学実力を数字で表すと
しょーん(国籍:中国)
中国語100:英語80:韓国語60:日本語30

さえ(国籍:日本)
中国語20:英語80:韓国語70:日本語100

割合がこのくらいのときに、この二人は何語で話すか、というと、
もちろん実力がほぼ同じレベルであろう英語ではなすかと思いきや、二人の共通語は基本的に韓国語なのである。
時々ショーンが練習のために日本語を話し始めたり、私が練習のために中国語を話したりするのだけど、母国語の半分も行かないレベルの言語では意思疎通に不便さが生じるため、必然的に韓国語か英語に。でもその中でも、やっぱりアジアの言語の方が落ちつくらしい。


そのあと江南地区まで移動して、ウィリアムおっぱとも再開。うるさい居酒屋で飲みながら、韓国の就職難についてなど語った。人間レベルではアジアンインテグレーションなんてとっくにすごく深化しているのになあ。
二人ともここはきっと見てないだろうけど、i really love you guys!





韓国から帰ってきたら、クレジットカードの請求書とともにまじめなデザインの封書が届いていて、あけたらDC1に受かっていた。

自信なんてひとっつもない、と思っていたけど、昨日改めて学術振興会に出した自分の研究計画書を見てみたら、我ながら結構面白いなあ、と思った。それでも、「思い出は美しく見える」のと同じで、「時間を経た研究計画書は賢く見える」のかもしれない。でもとにかくうかって、とても光栄だし、その光栄さに足る結果を出したいと思っています。ありがとございました。
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