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保活のおわり THE END OF "HOKATSU"


保活に3年かかった。
子どもは二人とも早生まれ。
保活は本当に疲れたし、特殊な職のため申請書類を作るのは時間がかかり(×3回)、精神が消耗した。
生後10日の赤ちゃん連れて、帝王切開終えて退院の次の日に区役所にいって、保育ママの申込みに行ったこと。
そこで担当してくれた区役所の女性職員さんたちがみんな優しくて、交互に長男を抱っこしてくれて、大変ねえと声をかけてくれたこと。色んなことを思い出して、今年一番泣いた。

両親フルタイム+加点2種類(昨年度預け入れ月2万円以上で2点、兄弟2人同時申込で1点)の計25点あってやっと第一希望の認可保育園に、兄弟同時に入園することができた。第二希望以降の園は家からそれぞれ違う方向に徒歩20分。兄弟別園になったら本当に大変なところだったが、同時入園できたというのは、本当に運が良かったとしか言いようがない。

有志で作っている保育園コミュニティのアンケート結果を見ていると(2017年3月現在)、住んでいる地区における私が希望を出した上位5つの認可園では、0歳児・1歳児クラスだと両親フルタイム(22点)だけでは入れず、24点(フルタイム+認可外加点)あっても入れない可能性のある園が3つある。それはつまり、25点(フルタイム+認可外加点+保育園児兄弟加点)ないと確実に保育園に入れないということを意味していて、一人っ子(もしくは兄弟姉妹が保育園児ではない)場合は認可に入れない可能性があるということだ。

同時に、私が入れたということは、それ以外に落ちた人がたくさんいるということでもある。
兄弟加点なんてずるい、と言われるのも分かる。
世帯年収高い人が、うちはたくさん納税しているのに!という気持ちも、分かる。
私自身、2年間近くの認可保育園に入れず、片道30分かけて電車で認可外に通っていたとき、お迎えラッシュの17時台の認可保育園の前を通りながら、「この人たちは17時台にここに迎えに来れるのに何故私が入れず16時までしか働けないのか」と黒い気持ちがわき上がって来たことを思い出す。勿論、入れている人になんの落ち度もないし、ただの嫉妬なのだが、とにかく保育園問題は生活もキャリアも、ひいては子どもの生死まで左右してしまう重要な問題なのだ。

保活は、本人の努力や熱意は関係ない。点数と運がすべてだ(年度によって競争率も入れる点数も異なる)。
すべての人が、通える範囲の希望する保育園に入れる社会になって欲しい、と心から願う。

申し込みする人は、去年の点数開示や保育園コミュニティのアンケート結果とにらめっこして、現実的な条件も含め散々迷って希望を出したはずだが、そもそも両親フルタイムでも認可に入るのが難しいのであれば、非常勤やパートで働いている人には、認可保育園に入るなんて夢のまた夢だろう。

Twitterでは#保育園に入りたいや#保育園落ちたというタグが盛り上がっていた。
一方で、保育園に入れないという声に対する批判の声も多く見られた。
それは妊娠や出産や育児など、「極めて個人的なこと(≒贅沢)」と考えられていることに対して弱音を吐いたり、社会問題としての指摘をすると叩かれる、という状況と似ている。

たとえば、妊娠中、通勤辛いというと、「タクシーで行け」「仕事辞めろ」。
保育園入れないと嘆けば、「都心は子育てに向かない、引っ越せ」。
病児保育が予約できないと言えば、「住んでるとこが悪い、引っ越せ(俺は/私は入れたしという経験談付き)」。
今回、保育園落ちた、どうしよう!に待っていたのは、「ベストは尽くしたのか」だった。

「ベストを尽くす」についてあげられるのは、こういうことだ。
・年度の前半に出産(早生まれは論外)
・認証押さえ(必要なら第一希望です・単願ですとウソ)
・役所詣
・ペーパー離婚(片親だと加点が大きい自治体がほとんどのため)
・預けたくないけど0歳児で認可外(認可外加点を得るため)
・引っ越す

これらの全部に、そんなことしなきゃいけないのか、と思う。
勿論認証まで見て回っているけれど、そもそも認可と認証では、少なくとも私の地区では、あまりに環境が違いすぎて、正直自分の子どもを入れたいと思える認証保育園に出会わなかった。補助が有るといっても、認証に二人の子どもを入れるのは、認可に比べてお金がかかりすぎる(私の地区+我が家の収入を元に計算すると認証に二人を通わせた場合、認可の約2倍)。

役所詣には正直効果があるとは思えない。点数が絶対的なのはきっとどの自治体も一緒だろう。
しかしブラックボックスなのは、“同じ点数の場合は、収入やその他事情を配慮して決定する”という部分だ(注:これは私の住んでいる自治体の場合。何度も相談しにいったときにこのように言われた)。
実際、同じ点数の申請者がたくさんいるなかで、収入だけで低い順に入れているのか、他にどんな「その他事情」を配慮しているのかは分からない。世帯収入がほとんど同じで区民税納入額が同じ層だった場合、誰が優先されるのか。この辺はやはり役所の方が熟慮して決めているのだろうが、気になるところではある。

そして引っ越せと簡単に言うが、人はそれぞれいろんな事情があり(そもそも持ち家だったら簡単に引っ越せないし、親二人の勤める場所によって住む場所にだって現実的に様々な制約がある)、人はいろんな地域や人々や会社とのつながりのなかで生きている。そして保育園に入るのがしんどいのは、都心に限られた話でもないのだ。





二人とも早生まれの我が家は、もう出発時点で不利だった。二年間、両親どちらの職場とも反対方向の電車に乗って、保育園に通った。それでも唯一の選択肢だった今の保育園が、偶然にもとても良い園で、毎日楽しんで通うことができたことは、親子ともにとても幸運なことだった。

今10ヶ月の下の子は、今の保育園のことはきっと全然覚えていないだろう。
新しい園にいっても、まるでいつもここにいたかのような顔をして、ニコニコするだろう。
ちょうど2歳になった上の子は、新しい園で最初は少し泣くかもしれないけど、多分持ち前の適応能力で、すぐ新しい園になじむと思う。全員覚えている先生の名前も、お友達の名前も、どんどん新しいものに変わって行くんだろうと思う。

でも私はずーっと覚えている。
ひよこ組(0歳児クラス)で圧倒的に一番月齢の若い下の子が、クラスのみんなに可愛がってもらっていたこと。
半年くらい年上の男の子が、下の子のことを大好きで、いつもそばにいて抱きついたり一緒におもちゃで遊んでくれていたこと。朝連れていくと一目散に飛んで来て、抱っこしたりほっぺたを手で挟んだりしてくれたこと。
帰るときには必ず保育士さんに抱っこされて、下の子が見向きもしなくても、母親の私にまでバイバイ、と言って手を振ってくれたこと。

下の子は誰に構われても、ニコニコと笑う愛想の良い子で、先生や子どもたちにマスコットのように可愛がられていた。一番小さいのに体は一番大きくて、いつも親方のようにどしん、と座り、担任の先生には「りーさん」と呼ばれていた。9ヶ月で立てるようになり、10ヶ月の終わりにはもう安定して歩き回っていた。心臓の大きな手術をして保育園をまるまる2ヶ月くらい休んで入院していたけれど(心臓血管外科手術のこと)、それ以外はほとんど病気もせず、流行病も貰わず、元気に保育園に通うことができた。

りす組(1歳児クラス)さんの中でも一番小さかった上の子。
何ヶ月か年上の女の子に好かれているらしく、積極的に手を引かれて洗面台に向かうときなども、どうしていいかわからず呆然とした顔をしていた。去年まで0歳児クラスで一緒だった女の子のことが好きだったらしく、家ではじめて名前を言ったのはその女の子。「○○ちゃん、好きっ」「○○ちゃん、可愛い」と言ってはくねくね恥ずかしそうにしていたこと。今の保育園で一番在籍が長く、生後2ヶ月から長い間面倒を見てもらった先生が退職するとき、子どもたち代表でお花を渡していたこと。クラスで一番小さいけれどよくしゃべり、完璧主義でプライドが高く、ツンデレと評されていたこと。

先生と私の交換日記のような保育園ノートは、もう二人合わせて10冊近くなった。
火事のときに持ち出す緊急バッグに入っている。

逆説的だけど、毎日遠い保育園に通ったことは長い散歩のようで、電車で出会うたくさんの人と話す機会に恵まれ、夕暮れを見たり、早い御月様を見たり、季節の移り変わりを子どもたちと楽しむことができた(おかげでひどい腰痛持ちになってしまったが)。
大好きだった保育園にもあと1ヶ月ちょっと。
最後まで楽しく通ってほしい。
今の保育園に通えてよかった。
ありがとう、先生たち。

saereal | note
保活のおわり
| | 11:00 | comments(0) | - |
いつかこの頃を思い出してきっと泣いてしまう


子どもを育てる上で感じるのは、
「自分が経験していないことは、根本的にわからない」
ということと、それに加えて、
「自分が経験していても、わからないことはたくさんある」
という極めて当たり前の事実である。

それぞれの家庭環境も保育園に預ける理由も、家庭で育てたいと思う理由も人によって異なるから、誰もどちらがいいかなんて判断は出来ない。それはいわゆる「普通」分娩とか「自然」分娩と言われる陣痛を経て産む方法と、逆子や前置胎盤や既往症など様々な理由から帝王切開で産むのとどっちが「ラク」か?どっちが「痛い」か?なんて簡単に比べられないのと同じだ。高度に個人的な条件によってできた経験は、簡単に比較ができない。

保育園には保育園の、家庭には家庭のよさがある。
どちらかにしか用意できない育児環境があって、どちらかが万能であるわけではない。

私は、早生まれの2人の子どもたちを、それぞれ生後2ヶ月から保育園に預けた。
後ろめたい気持ちもなく、嬉々として預け、嬉々として働いている。
現実的には、仕事を続けるのは自分と扶養すべき家族のためだし、働かないという選択肢は経済的にもないのだが、たとえものすごく金持ちで働く必要がなかったとしても、やっぱり働きたいと思っただろう。それは自分の仕事が好きだからで、研究は休んだら感覚が鈍ってしまう職だから止まりたくないからである。そして教育者としての仕事は自分の存在意義を実感できるし生きる力をあたえてくれるからである。好きだから仕事できる日はとてもワクワクしている(「月曜日のわたし」saereal|note)。

保育園は、私の子どもにとっても、親である私自身にとっても、双方にいいところがあった。
保育士さんは子どもに関するプロだから、たくさんの遊びや接し方、色んな誘導の仕方を知っていて、見ていて子育ての参考になる。長男の時は子育て自体が初めてだったから、特に心強かった。保育園での生活リズムは、規則正しい生活の基礎になった。それぞれの月齢にあった遊び、チャレンジ、保育園で栄養士さんが考えてくれる手作りの給食メニューまで参考になった。偏食だったり、夜泣きがひどかったり、ハイハイができなかったり、言葉が遅かったり、子どもにはそれぞれいろんな「特性」がある。保護者である親は、それに悩まされることも多いけど、そういうのがある人ほど保育園は本当に心強い存在だと思う。

「アンチ小さい頃(主に3歳まで)の保育園利用」の人たちからは、よく「子どもが可哀想」という意見を聞くが、どうして他人の子どもの代弁ができるのだろう、と思う。うちの子どもにも大きくなったら保育園がどうだったか聞いてみたい。少なくとも今は、しゃべれるようになった1歳過ぎくらいから、保育園でやったたくさんのことを話しながら、笑って「楽しかった!」と言って帰る。

お友達としたかけっこ。毎日いろんな公園に行って楽しむはっぱや石集め、リトミック、季節の歌、お砂遊び(長男は遊具にあまり関心がない)。先生たちが出し物を用意してくれる誕生日会やクリスマス、節分などの季節のイベント。夏の小さいビニールプール。どれもこれも、特別な経験ばかりだと思う。



長男が0歳児クラスにいた時、年度末の懇親会で担任の先生に、「Sくんはお家ですごく愛されているのがわかる」と唐突に言われて、思わず泣いてしまった。今の保育園は認可ではなく、年に二回だけ親の集まる懇親会がある。園で撮りためてくれたたくさんの写真のスライドを観せてくれたあと、親と保育士さんで子どもの成長や今考えていることなんかを輪になって話す。みんなそれぞれの子どもの様子や成長を話しながら、泣く。朝送りに行ったとき、先生に「いってらっしゃい」と言われるのがとても嬉しいこと。ずっと偏食だった子が、お友達からの刺激でどんどんご飯を食べるようになったこと。保育園での生活を通して、一人でできることやお手伝いが増えたこと。嬉しかったり大変だったり、子どもを育てながら仕事をしているなかで、色んな苦労や葛藤がある。

先生も泣く。子ども、それも0歳児から3歳児くらいの乳幼児でも、人間に向き合う仕事はいつも全力投球が必要とされる尊い仕事だと思う。たぶんこの懇親会で、先生たちは自分たちの仕事がいかに保護者たちに必要とされているか、頼りにされているかをまざまざと感じるのだと思う。そしていつも本当に大変な思いをして、子どもたちに向き合ってくれているその苦労が、私たち親の感謝と保育園への思いを知ることで、少しでも報われるようにと願う。

去年度末の懇親会の最後、2人の男の子を育てあげた保育士さんが「家事なんて、手を抜いちゃってください。その時間、子供たちに向き合ってください」と言っていた。私はその教えを忠実に守っている。そして今回の懇親会。いつもハキハキきびきびと動く、一番年長らしいベテランの保育士の先生が、自分にも娘がいて、働きながら育てたことを話しながら、「この時期は本当にすぐ過ぎてしまうから、大事にしてあげてください」と言いながら泣いていた。そしてお母さんたちもやはり、みんな泣いた。



ああ。
私は、こういう場面に何度もあったことがある。

電車のなかで話しかけてくれる年配の女性。
私にも娘がいるの、うちも年子だったの、孫がいるの、と話しながら、「大変よねぇ」「でも今が一番可愛い時ね」、そして「この時はすぐ終わってしまうから」と言う。だから大切にしてね、などと押し付けがましいことを言う人はほとんどいない。でもそのときはみんな、記憶のなかの子どもたちと当時の自分を思い出して、幸せとも寂しさとも見えるなにかを、ほわんと漂わせているように見える。

仕事をするのをやめられなくても、私は今子どもとの黄金期を十分に過ごせているという自信がある。
保育園があるからこそ、私は自分の仕事を続けられ、子どもに余裕をもって向き合うことができる。
子どもの成長を一緒に喜べる人達がいて、地域や周りとのつながりができ、時には子どもを客観的に見つめ、何が子どものためになるのか考えることができる。私が大好きな仕事は、将来子どもに私が伝えたいことを持つ意味でも大事にしていきたいと思う。鶴見俊輔さんのいうように、私という母親は、子どもたちにとっての「先住の抑圧民族」みたいなものだけど、子どもたちには、いつでも(望んだときには)私から自由になれると知ってほしい。そのためには、私の存在意義が、子どもたちだけにない、ということが大事だ。

布団にごろーんとして、ひっくり返ってケラケラ幸せそうに笑う子どもを見ているだけで、この子にとって人生とは、生きるってこと自体なんだろうなあと思う。食べて寝て、毎日同じ家で同じ人間と一緒に起きて、それでも会うものすべてが新鮮で新しい感触をくれるものなんだろう。

でもこの時期はすぐ終わる。
私もいつか、それはきっとそう遠くない先、この頃を思い出してきっと泣いてしまうだろう。
先生たちのように。先輩母さんたちのように。


saereal|note
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