CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
記憶の「韓国」
IMG_1594


私が2006年から2年近く韓国で働いていたモーニングエデュという留学専門塾は、
東京の飯田橋に東京校があって、すでに日本に来て日本語学校に通っている韓国人留学生を対象に、日本の大学進学のための受験指導を行っていた。韓国から帰って来てアジア太平洋研究科に修士で入った後も、私は非常勤で半年くらいだけ総合科目(社会科)を教えていた。その塾の多くは韓国から来て日本に滞在している留学生だったのだけど、中には新宿の東京韓国学校から通っている、韓国籍の生徒がいた。

彼らはいわゆる「在日」の子で、日本社会の中にいてずっと韓国系の学校で育ってきて、
日常会話の日本語には不自由しないものの、日本語で書いたり読んだりが不得意な学生が多くて、日本の歴史や政治社会といったものに対する知識は殆どなかった。そのため、韓国学校に行く傍ら、大学受験準備として高校1年の時からうちの塾に通ってきていたのだ。

東京校にいる学生のほとんどは、韓国で生まれ、日本に留学したいと思って日本に来て、この塾で日本の大学受験の勉強をしている留学生たちだった。その韓国から来たグループと、東京韓国学校の学生たちとは塾の中で殆ど交わらず、彼らだけのそれぞれのコミュニティを結成していた。

日本文化や社会への関心やいわゆる憧れ的なものをもっている前者の学生たちに比べ、「在日」の彼らの方がより「韓国」的というのはおかしいが、より深く接し、長く住んでいるはずの「日本」的なものに対する評価は、とても厳しかった。

授業の前後も、質問をするときも、とても丁寧な態度で話してくれてはいたけれど、それでもあまり目を合わせてくれなかったり、他の学生のように「先生、先生〜」とうるさいくらいまとわりついてくるようなこともなかった。でも、他の学生たちより年齢が若かったこと、そして、韓国から来た学生たちより、日本語の力が不足していたこともあって、私は特に気にかけて、よく自分から話しかけたりしていた。

韓国人の先生たちは、彼らに対しては「韓国人だろ」というアプローチで接していて、成績の悪さも、若者っぽいどこか気力のない感じにたいしても、高圧的な態度でしゃきっとしろ!とか真剣に勉強しろ!なんて言っていた。私は何か特別扱いするつもりはないけれど、彼らはなんとなく違うのだろうな、と思っていた。在日韓国人=韓国人ではないし、「韓国」のコンテクスト丸出しで付き合いを求められたり、「韓国人」らしい振る舞いを期待される事を、なんとなく彼らは居心地よくないんじゃないかと感じていたのだ。

いつだったか、受験も近づいて、帰りの道がたまたま一緒になった日。
その学生たちのうち3人と一緒にあるいていたら、一人の生徒が、
「僕はこうやって、今まで生きて来て、道やいろんなところで日本人の女の人をみても、一人も可愛いと思ったことはないけど、先生のことは可愛いと思う」と言った。
それを聞いてすごい嬉しかったのは、自分が可愛いって言われたことじゃなくて、今まで日本人を可愛いと思ったことがなかった、という状況から、一人でも可愛いという感情を持てるようになったということ。それはきっと、心の窓のどこかが開いたことなんだろうと思っていた。私より可愛い女の子は、実際にはこの世の中にいっぱいいて、でも、その可愛い女の子たちは彼らの心にリーチしなかったのだ。



最近「連帯」について考える事が時々ある。
自分の属性とかカテゴリーで、どれだけ連帯感をもてるかっていうこと。
でも私は、同じ女だからとか、同じ帰国子女だからとか、同じ在日だから、っていうクラスタじゃ連帯なんてできないな、と思う。実際そういう連帯ができる、そういう連帯が求められる時代はあったんだろう。どんな人間であっても、「日本人」とか「在日」とか「韓国人」とか、色んな属性を基準にして、連帯感をもって近づづいて来る人は一定数いる。その連帯感がお互いに持てているならいいけど、一方通行の連帯感になったときに、その片思いに気づいてほしい、と思う。拒絶はしたくないから。

別に嫌いなわけじゃない。でも同じ属性なんてものが実際存在するのかも怪しいし、たとえ同じクラスタに属していたとしても、それだけで連帯感なんてもてないし、それを求めるような同調圧力は、捨てたい。
それが、国や民族に関わる事だったら、特に。

| | 02:26 | comments(0) | - |
韓国で過ごした今年の春のまとめ


あの時地震の時、日本にいなかったから、なんだかとても自分が悪いことをしているような、自分がとても薄情である気がした。韓国は相変わらずとても活気があって雑然としていた。私が2006年から2007年まで住んでいたのは、どこも漢江の南で、今回は高麗大学に近い漢江より北の町で、漢江の南と北では雰囲気も街並みも人の感じも全然違うんだなあと感じた。

私が恋しく思うのはやっぱり東京という場所をベースにした想像のコミュニティ。記憶と記録がいっぱいつまった、人が織りなす環と、その人たちとの交流が行われた場だ。だから生まれた横浜よりも、過ごした時間の多い東京周辺の方が、自分が属している場所のような気がしている。私には地方に故郷がない。久里浜や三浦や三崎や、親族が住んでいて小さいころ毎年通っていた海や、そういうものを含めた首都圏の南にも郷愁を覚えるけど、そこには友達もいないし家もない。ただ記憶があるだけ。

韓国にいて、帰りたかったのは、そういう私の頭の中にだけ存在する環だった。




みんな、自分が痛いのでなければ、地震も原子力も、非日常のことを嫌いじゃないのだろう。煌々とNHKをつけっぱなしにして寝たことも、異常に早いツイッターを追っていたことも、会う人会う人に、会ったことのない家族を心配されることも。

でもそういう風にみんなが非日常を前のめりに生き生きと生きていることを俯瞰してどうなるのだろう、と思う。
いつもと違うから新しく考えることも、いつもと違うから新しくできることもたくさんあるのだ。




韓国では、研究調査、インタビューのほか、早稲田からの短期留学というプログラムの性質上、韓国語研修のクラスに出席する必要があったので、研究班(いわゆる7級)に入れてもらって、韓国語のクラスもとっていた。語学もある程度までいくと、こういう語学を学ぶ、という勉強方法よりも、語学を使って勉強する、というやり方に移らないと伸びない。私は如何にうまく使うか、というところを伸ばす必要があるので、今回の研修で語学力が伸びたとは正直思わないのだけど、研究班での韓国語研修の時間はとても楽しかった。海外で言語を習うってことはとても楽しい。

同じ班で、毎日何時間も同じ言語を学びつつ、同じ場所で同じ時間を過ごす、というのは非常に重要な場所だ。早稲田の日本語教育は、教科がレベル別で、自分のレベルに合わせてクラスが大分細かく分かれる。選択式なのはそれはそれで長所がたくさんあると思うけど、とにかく毎日同じ人たちと、4時間ずつ同じ言語を学習するっていうのは、それだけでちょっとした面白い経験だ。

今後の研究で、何かの言語を学ぶときに、4技能別やクラスごとにそれぞれレベル分けをし、生徒に選択させる方式(仮に早稲田形式と呼ぶ)、すべての学生をいくつかのレベルに分け、毎日一定時間週五回徹底的に今ージョン教育する形式(仮に韓国語学堂形式と呼ぶ)のどちらがどのような文化・社会的体験をしているか、というのは、研究テーマとしてとても面白いと思うのですが、日本語教育もしくは韓国語教育分野のみなさん、いかがでしょう?






めがね、むじげ(虹)
韓国で新しいめがねをつくった。度を今のよりちょっと強くして。私は目が相当悪い。でもいつも裸眼だ。これをかけると、30メートル先くらいまではクリアになって、私の眼とは違う世界が見える。
IMG_1479

高麗大学 正門から
毎日ここと閲覧室にいた。
IMG_1454

24時間空いている大学の閲覧室。みんな勉強してる。
IMG_1455


掃除の人たちが人権を守るためのデモ。いろんな大学でこの運動が盛り上がっている時だった。
IMG_1453

IMG_1477


飛行機から観た東京湾、あ、ここか、私が想定していた守るべきコミュニティの仮想場は。
토코완



JYJはあなたの青春を応援します
IMG_1478





私が死ぬなら桜の時期がいい。お葬式に来る人に、みちで桜の花びらをいっぱい拾っててきてもらって、棺桶をさくらでいっぱいにしてもやされたい。
| | 17:15 | comments(0) | - |
Learning Korean as a Common Language


高麗大学に来て4日目。
今回は短期韓国語プログラムに便乗してきているので、一日目はオリエンテーションとクラス分けテスト。
6級まで終えてること、能力試験の6級を持っていることが分かると、あなたはなんでまた来たの?と言われる。今回のプログラムで一番上級は4級(中上級)のテキストを使うクラスだった。韓国語語学センターの先生がいろいろ考慮してくれて、私は短期で、しかももう新学期が始まった途中なのにほかの先生たちに口をきいてくれて、「研究班」(6級以上の大学院進学を目指す人のクラス)参加させてもらえることになった。

研究班は楽しい。
やっぱり自分の実力よりちょっと上のレベルのクラスに入るのが一番勉強になる。
6級もそうだったけれど、韓国語の文法自体は5級くらいでほぼ終わるので、あとはどれだけ自然で複雑な表現をできるようになるか、というのが6級以上の目標。周りに自分よりうまい表現をできる人がいるのはさらに刺激になる。

以前、建国大学、ソウル大学で韓国語研修をしていたときも思ったことだけれど、語学の勉強はそれ自体がとても楽しいものだ。しかし状況によってその楽しさが半減したり倍になったりする。私が今回参加している早稲田の留学センターが斡旋してくれるプログラムは、「日本人のための韓国語講座」なるものなのだけど、やはりクラスに日本人だけだと、語学学習の面白さは半減する。私にとっての語学の面白さは、自分がどれだけできるようになるかというよりも、ひとつの教室という空間の中で、全く異なる第一言語と社会的・文化的・人生的背景を持つ人間が、同じ言語を学び、同じ言語でコミュニケーションをとる、という中にある。

ソウル大学の6級にいたときは、ほかの6級のクラスよりもかなり仲がいいといわれるクラスにいて、中国人(朝鮮族)や中国人(非朝鮮族)、ウズベキスタン人、イギリス人、エジプト人、カナダ人、タイ人がみんな一緒になって韓国語で会話し、毎日何時間も一緒の時間を過ごしていて、それは今思ってもなかなかあり得ない、とても貴重な経験だった。(アジア太平洋研究科との交換留学で行ったので、正直はじめは国際大学院の授業が目的で言ったのだけれど、後半になって自分にとっての重要性は反転した。)
6級くらいになると意思疎通には難がないし、社会問題にする討論も喧嘩も韓国語でできるようになる。かつ全員がネイティブではない、というのがポイントで、ロールモデルの韓国語がないから、自由に発言することができるのだ。(ネイティブの監視から離れた言語は自由になる。)


今日入った研究班は、クラスは5名で4人中国人、1人日本人だった。
周りに中国人がたくさんいる、という状況は、建国大学の時がまさにそれで、全級の9割以上が中国人という割合だった。その中でオンリーワン日本人でいることを、私は結構楽しんでいたりする。たくさん来ている中国人の子たちを観察するのは実はとても好き。当たり前だけど、中国人といっても一枚岩ではなく、その多様性と、でもどこかで持っている共通したけだるさみたいなものが、私はなんだか好きだ。あの全員がその保持量は違うにしても、どこかで必ず垣間見せるなげやり感、は一体なんだのだろうと思う。韓国で会う中国人の学生は、当然ながら私が日本で会った友達や北京の大学に所属する人達と全然違う。全国各地から韓国語研修(とその後の韓国の大学進学)という目的で集まる彼らが織りなす社会は、かなり見ごたえがある。話してることばの違いや、南北の微妙な非混じり合いも含めて。


私はやっぱり言葉で、その人の人生のいかほどのものが掬えるのか、ということに対して、興味があるんだなと思ってる。あとその言葉が、自分の中にどれくらい心地よく収まるか。


研究班にて韓国語、めちゃくちゃがんばろうと思ってる。この間ビョン教授と自分の研究テーマについて韓国語で話して、結構それなりに話せたので、年上の人とも学術的な内容についてちゃんと(礼儀正しく)話せるようになりたい。そして韓国語で論文が書けるように、その練習もしておきたいな。

ビョン先生との面談&御飯のときは、CIESでも会ったアメリカでPHDを取った韓国人の先輩や日本からの国費の修士課程学生を含めて、研究について3時間くらい議論した。おもしろかったけど、考える必要のあることがたくさんでてきてもう。あと2週間ちょっと、有意義に使わなきゃな、と思う。


IMG_1452

今高麗大学では、掃除を担当しているおばさんたちが、自分たちの給料や労働条件の改善を求めたデモと署名活動を行っている。学校のいたるところに、黄色やピンクの派手なキレに、黒い墨でメッセージが書かれたこんな横断幕が張られている。どうなるのか。ここはGLOBAL KU、民族大学、高麗大学校。



軍隊から帰ってきたひょんすとそっぐにも会った。ソウル大・早稲田・北京大のサマースクール(2008)で一緒だったゆににもあって、今日はすじんとご飯。こっちで留学している日本人学生とも2、3人会って、コネクションを広げている途中。明日はモンゴルのヤングリーダープログラムで一緒だったルーク社長が釜山から上京してくるので会う予定。

ソウルは寒くて、昼間にときどき雪が降ります。



| | 10:07 | comments(0) | - |
冬のラブレター

昨日日記を書きながら韓国とそれから飯田橋の学校で教えてたことを思い出して、あの子たち元気かな・・・と思っていたら、日本校で教えてた元生徒から急にメールが届いた。


「今日、急に先生の夢を見てメールします。」
と、このテ形の使い方も、すごく韓国人学生っぽくて懐かしかった。

韓国にいた学生たちと、日本にいた学生たちは、同じ韓国人でもなんだか存在のやるせなさが違ったなあ、と。
日本にいる韓国人(しかも日本の大学に入ろうと必死になっている学生たち)って、なんだか本当にみんなの心が細くみえるというか、守ってあげないといけないような存在だったと思う。
韓国組より、日本にきている子たちのほうが、韓国学校在籍者を除いて圧倒的に年上なんだけど、


あともうひとつ。
私もモテ期は一回目は大学2年から3年と、それから韓国〜日本校時代だったな、と。実際にあそこでもてても困るんだけど、私が一番嬉しかったのは、
東京の韓国学校に行っている高校2年生の男の子(まさに12歳年下。愕然)が、
「俺は日本人の女の子みても全然きれいと思わないし、やっぱり韓国人のほうが好き。でも先生は正直可愛いと思う」
っていったこと。うわー、超嬉しかった。高校生相手に胸キュンしたよ。
遅刻してばっかりいたし、歴史もなかなか覚えないしで年中がみがみ怒っていたし、だからといってちゃらちゃらしているわけでもなくちょっとひねくれものタイプの子だったので、まさかそんなこと思っているとは思わなかった。


ということで今教えてたみんなの顔をひとつひとつ思い浮かべてたけど、元気かなあ。
あのクラスを教えていたときは楽しかったな。みんな本当にEJUの成績よかったしね。私は消えたけど、みんなの記憶の中でいい先生で終わっているといいな。




| | 21:57 | comments(0) | - |
ソウルで出会った

ばたばたと韓国にいってばたばたとキムチと一緒に帰ってきました。

今回は(というか今回も)、昔働いていた学院の近くに住んでいる、はるみ先生邸に泊まった。
はるみ先生は私より10つも年上なのに、いつも私を対等に扱ってくれて、自分の環境をエンジョイして生きている感じがすごくすがすがしい先生。
今回は、ぽにょ、のいっぱい置いてある部屋を使わせてもらって、すごく快適な生活ができた。本当にかむさはむにだ。
先生となんぴょん様の会話を聞いて、結婚して5年たっても、こういう風に会話をできるのはすごいな、すごいな、と思ってしまった。

私が性格的にいつも内向きのベクトルで話してしまうのに比べ、
はるみ先生はいつも外向きのベクトルで離している。その違いは、きっと社会適応力に大きな影響をもっているんだろうなあと思う。
それにしてもはるみ先生の名前に漢字があるということに、会って4年目にして初めて知りました。





実は学会中にちょっと事件があって、今回の旅は楽しいReunion韓国☆というわけではなかったのである。(次の日記参照)
しかし正直そんな「心が暗い」状態のときに、
ちょうどGSAPSの同期で今ソウル大学でなぜか二度目の修士を終わらせようとしているしょーんが迎えに来てくれて、一緒に落星デ(漢字で書くとすごくロマンチックな地名)のさむぎょぷさるを食べに行った。


ひたすら焼いたキムチばっかり食べながら、
今となってはなんだか何を話していたのか覚えていないけれど、
しょーんが私が実は落ち込んでいることを明らかに悟っていた一方で、それを私は隠そうとして、ひたすらなんだか他愛もないことを話そうとしていた。(中国の一人っ子政策についてとか)

一方でしょーんは、慰めようとするようなことを言おうとしたり、気楽にいけよ、的なコメントをしてくれていたんだけれど、何回か、ちょっと優しげなコメントを聞くたびに、自分の中の泣きだしたい波が盛り上がって、ここでちょっと気を緩めたらそのまま号泣して、肉の山の向こうにいるしょーんの立場を危うくしそうだった。

むろん、私が取り乱したとしても周りを全く気にしないタイプの彼はきっと、くせの強い韓国語を駆使して、でっかい声で「しんぎょんすじまるごー、うるじまるごー、くにゃんちぇみいっけさらやじー」、くらいは言うだろうと想像したけど、そのときはお肉をしょーんがおごってくれて、今までまったくかっこいいとはかけ離れた存在だった彼が始めておっぱ的行動をしてくれたことに感動し、すこし気分が明るくなったのだった。
そのあとカラオケに行った。

カラオケでは結局サービスもいれて1時間半、歌いまくった。
「えいんいっそよ」も「さらんあね」も「みうぉどたしはんぼんまん」も「よじゃいにか」も「きるこるむ」も「ちゅおくんさらんうるたるま」も、私の十八番は全部うたったし、「I believe」も中国語版と韓国語版両方とも歌った。中国語曲はほかのところにもましてあまり新しいのがなくて、傑倫王子のは2番目のアルバムの曲しか入っていなかったので、とりあえずしょーんに「開不了口」を歌ってもらおうとしたら知らなかった(大ショック)ので、結局私が歌った。光良の「第一次」とあたしの大好きな「至少還有Ni」があったから、それも。しょーんが歌う歌は全然知らない。やっぱり大陸の音楽あんまり知らないんだなあ、と思った。でもしょーんは阿杜もDavid Taoも知らない。香港の歌手はさすがに結構知っていた。でもしょーんの歌う張学友の歌はついていけない。大陸の人は普段、何を聞いてるんだろう?
日本語のは、「つぐない」(古い・・・)と「ハナミズキ」という韓国カラオケでは唯一得意な日本の歌。だって日本のカラオケで歌うような曲が全然入っていないんだもの。


本当に、しょーんは絶対ここ見てないけど、ありがとう、と思ってます。
二人の語学実力を数字で表すと
しょーん(国籍:中国)
中国語100:英語80:韓国語60:日本語30

さえ(国籍:日本)
中国語20:英語80:韓国語70:日本語100

割合がこのくらいのときに、この二人は何語で話すか、というと、
もちろん実力がほぼ同じレベルであろう英語ではなすかと思いきや、二人の共通語は基本的に韓国語なのである。
時々ショーンが練習のために日本語を話し始めたり、私が練習のために中国語を話したりするのだけど、母国語の半分も行かないレベルの言語では意思疎通に不便さが生じるため、必然的に韓国語か英語に。でもその中でも、やっぱりアジアの言語の方が落ちつくらしい。


そのあと江南地区まで移動して、ウィリアムおっぱとも再開。うるさい居酒屋で飲みながら、韓国の就職難についてなど語った。人間レベルではアジアンインテグレーションなんてとっくにすごく深化しているのになあ。
二人ともここはきっと見てないだろうけど、i really love you guys!





韓国から帰ってきたら、クレジットカードの請求書とともにまじめなデザインの封書が届いていて、あけたらDC1に受かっていた。

自信なんてひとっつもない、と思っていたけど、昨日改めて学術振興会に出した自分の研究計画書を見てみたら、我ながら結構面白いなあ、と思った。それでも、「思い出は美しく見える」のと同じで、「時間を経た研究計画書は賢く見える」のかもしれない。でもとにかくうかって、とても光栄だし、その光栄さに足る結果を出したいと思っています。ありがとございました。
| | 01:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
6級修了胸一杯。



昨日語学院の修了式があった。
韓国語の最上級を終わって、胸一杯。
学ぶことはいっぱいあるけど、
あー、もうこれで、これ以上、上がる階段がないな、とおもった。


考えていたよりも修了式は大掛かりで、
卒業服着て壇上に上がって
一人ずつ修了証を受け取る。
前にタイからの交換留学生のかもんが、
「これが終わったら自分の夢にいっぽ近付く」
みたいなことをいっていて、あたしには何のことかわからなかったけど、
誰かにとってはそれぐらい大きなことで、
自分が思っていたよりも、大きなことを成し遂げたことに気づいて
よかったな、と思った。


まさか韓国に行くとは思わなかったし
まさか韓国語を勉強するとは思わなかったし
正直韓国にいても、なんだかいつも場違いな感じがしてる。
同胞でもなければ、韓国学専門でもなければ
韓国人と結婚したわけでもないのに。
でもこうして、ここまでこれてよかったな。
韓国語は語学としてはすごく興味深かった。



90点ぎりぎりでも、優秀賞をもらった。
最終成績はこんな感じ
作文 29.4 / 30
会話 28.4 / 30
聴解 17 / 20
読解 15.4 / 20
普通日本人は読解が一番できるはずなのに、
授業をさぼっていた中間の成績が響いた。
中間テストのとき、全く勉強をしていなくて平均77点だったから、期末を合わせて90点以上は現実的に不可能だと思っていたのに、できた。期末テストがよかったんだと思う。




今日は
最後の期末試験の前くらいから混乱を極めていた部屋を一掃し、
腐ったリンゴを捨て、洗濯をし、磨けるところを磨いた。

今日からはあと3週間、本にまみれた生活を送ろうと思います。






今日は久しぶりにひとり映画を見てきた。
見ているときにずっとチェリーの飴を食べて、
終わったあとにトイレに入って鏡をみたら唇が真赤だった。


| | 23:46 | comments(2) | trackbacks(0) |
The world for me is.....




そういえば水曜日、6級「な」班の女子とエバーランドなる、韓国が誇る遊園地の一つにいってきた。
ソウル大学の語学院は、さすが国立大学だけあって、世界各国から留学生が集まっている。アラブ圏からもおおいし、ヨーロッパ、旧ソ連圏からも多く来ている。
6級にもなると、いわゆる「同胞」(韓国系だけど、母語が韓国語じゃない子達)か、中国人のうちでも朝鮮族、もしくは韓国学専攻の学生が多くなる。

今回一緒に行ったメンバーは、ウズベキスタン(同胞)、中国(朝鮮族)×2、日本、エジプト、タイ。
外国人がこれだけ集まると、閉鎖性の強い韓国社会の中でもなぜか無敵になる。





あたしは遊園地にいっても、やたらと回転するのとかに乗れないから
いつも船にのってゆっくり観覧する、系のいってみれば子供用の乗り物をおもに乗る。
そういうのは結構好きだ。子供みたいに純粋じゃないから、作りものを単純に楽しむことはできないけど、精一杯の線で没頭しようともしてみる。

今回みたのは、その名も「Global Village」という、世界各国を伝統的な衣装を着た人形や建物で表現しようというもの。

それを見ると韓国の子供がもつ世界観はこういうものに影響を受けていくのだろうな、と思うところがあって面白い。

これは日本でもそうだろうけど、
ヨーロッパはデンマークやらフィンランドやらいっぱいある。細かいところまで。アメリカも大きい。日本、中国もおおきかった。
でも東南アジアは完全無視。
南アメリカはブラジルだけ。
アフリカは、「南アフリカ共和国」だけがあったけど、そこにあらわされているのは粗末な家の前に、ほとんど裸の人間が槍を持っている様子。
この素晴らしく単純化されたステレオタイプと、切り捨てられた国々は、そのまま子供たちの認識を支えていくんだろうな、と思う。





おみやげものやさんであまりにもかわいいパンダが見ているので一人連れて帰った。
ハングルでサインをしたら、「私たちの国の人ですか?」と聞かれたので、「いいえ、日本からの留学生です。」と答えたら
顧客サービスの一貫なのか本心なのか、やたらと驚かれた。
こういう「外国人なのに韓国語うまいですね!」的反応は、
好意的に使われる半面で、
強い同化思考をも表していると思う。
日本にいる、生徒たちも年中この言葉を聞いて、もういい加減いやになっているんだと思う。





今日も図書館にいて、
ご飯をたべにいっているうちに図書館がなんと5時に閉まってしまい、隔離された鞄と教科書類を取り戻しに、事務員のおじちゃんたちに謝りつつ鍵を開けてもらうように交渉した。


そして昔住んでいた場所まで行って、
リーボックのクラシックのスニーカーを二足買った。
円高だから。

お金は水ものだなあ。
| | 02:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
ばななうゆの男
今日、東大の二次面接にいったソウルの塾の生徒と秋葉原でケーキを食べた。180センチの長身に七五三みたいなスーツを着て、
面接で「人権問題について勉強したい」といったら「文化の多様性についてはどう思う。」と聞かれて、まごまごくんになってしまったらしい。
小論文のときも、いいこちゃんの解答ばかり書く子で、年中「日本語はうまいけど面白くない。」から始まってつっこんでいたのだ。同情の余地はない。

しかし彼のことをあたしは溺愛している。普段だったらそういういい子ちゃんは嫌いなのだけど、何しろかわいいのだ。
今日も、先生の好きなバナナ牛乳味の飴を見つけた、といって、どこかのお店で飴をばらばらで7つだけ買ってきたのだ。いい男が。
憎めるわけがないのだ。



今日は初世界史の授業で、産業革命から独立戦争、南北戦争、フランス革命の収拾がついたところぐらいまでやった。




今日のNEWS ZEROでの翔くんのチベット問題解説はとても上手だった。翔くん、話うまくなったなあ。(スタッフの原稿がよかったのか)






今日のビデオ。
ぐっと来るポイントは5つ

1、どんへのチェックかさねがやばい。アイドルのチェック重ねは90%以上の確立で私をノックダウンする。
2、Cメロにおけるひちょるのソロのバックで、めがねのいぇそんがテレビにアピールしているのが非常にかわいい。13人の中であたしの中で「君はなし」ランキング1位のいぇそんが、ここでは例外的に非常にかわいく見える。めがねもいい。その後に控えるりょうぎの、あくまでもソロどアップ専用に笑顔を作っている様子がかわいい。
3、そんみんの衣装はなんだ。ひどすぎる。7人の小人のうちの一人か、と突っ込みたくなる。(りょうぎの七分袖もひどい。七分袖って!)
4、うにょのぱっつん前髪はなんだ!かわいすぎる。今までの髪型の中で一番すきなのだが、韓国のファンには受けがよくなかったらしく、これ以外で見ることができない。なんということだ。
5、何しろこの歌の開き直った平和っぷりがすごい。これはジャニーズでも歌えない。平成セブンも驚きの歌詞だ。


このビデオは、アジアのアイドルにありがちな「つっこみどころ満載」の部分と、恥ずかしげもなく歌うこのあほっぽい歌詞(「感謝カンゲキ雨嵐」という歌に匹敵するくらいの歌詞)に対する全力投球の姿を100%堪能できます。

ジャニーズもそうだけど、韓国のアイドルもよくリップシンキングをやっていて、あたしはそれにぜんぜん否定的ではないのだけれど、こういう風にいい感じで音程をはずしてくれると、そのほうが愛らしくて好きです。
歌の下手さとそれとカバーすべく大人数で勝負!!的な部分。
たまりません。
| | 13:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
&#49324;&#46993;&#54616;&#44172;&#46096;&#45796; &#48148;&#48372;&#44057;&#51060;
私が最近、もへんにゃみょん、
夜な夜な「しゅぱじゅにお」のビデオを見ています。
それはもう寝る間も惜しんでです。
部落解放問題とか希望の教育学とかの資料を読んだ後に
これらを朝まで見ると、飛びます。



こっち系だけじゃなくて、ほかのミニ自主制作ドラマとかも片っ端から見てるんだけど、彼らの身体的コミュニケーションに、若い人が韓流にはまるとしたらこれではないかと思うのです。


下の2本は、綺麗な男の子が好きな女の子はどうぞ。
おそらく男がみても萌えません。
女の子だったら、70%くらいの人はいけると思います。
| | 12:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
ラストソウル
明日、日本に帰ります。

中国から帰ってきて、到着と同時に早稲田の商学部の発表があった。今年の合格者20人のうち、10人がうちの学院の生徒だった。


たった2ヶ月小論文をやっただけで、どうにか入れたいとおもっていて、最後の授業で感極まってみんなで泣いたり(注:女の子のみ)したけど、結局あたしのクラスから、一人一番年上の男の子が受かりました。


受験は熱情なんだな、とおもった。






今日は最後の日、やんそんとへさんとさのと、3級のときの先生と肉を食べた。
韓国語の授業の中で、3級のときが一番楽しかった。
それはクラスメイトに恵まれたこともそうだし、何より先生があたしたちをよくコントロールしてくれていたからだ、とおもう。

当時はその先生のことを正直いい先生だとおもっていなかった。授業の進行が狂うときがあったり、課題を遣り残したりすることがあったから。
でもひねくれものの多かった3級のクラスで、彼女は絶大な人気を誇っていた。


あの思努を、「先生のおかげで韓国人に対する意識が変わった」と言わしめた。彼女のよさを、あたしは3級が終わったあとにわかった。


どんなにうまく教えても、生徒の記憶に残らない人もいる。なつくことができない先生もいる。
彼女は、最後まで授業は完璧じゃなかったけど、「うちらのおばさん」という愛称で最後まで愛されていた。



さっき帰ってきて、今、明日出かける準備をしています。





とにかく、この一年半は、あたしにとってどぶに捨てたような、でもそのどぶ自体はきれいではなかったけど、そこから真珠がでてくるようなどぶでした。



いろんな人を残して日本に帰ります。
ここでであった数え切れないほどの生徒と友達に。




さらんへよ☆


| | 01:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
| 1/3PAGES | >>